とても空しい裁判の話

とても空しい裁判が昨日終わった。

結論として良い経験になったと思う。

勉強の機会を与えてくれたことに感謝したい。

もうひとつ。

スタートアッパーは、自分に近寄ってくる人が、本当に事業をやりたいのか、目の前のちっぽけな金額の現金が欲しいのか、を見抜かなければならないが、見抜こうとして臆病になるくらいならば、いっそ騙されても良いのかも知れない。それが私の現在の器なのだから。

チャンスを買った、ということ。

以下は、淡々と経緯を記す。読む価値はあまりないと思う。

一昨年、ライザップに似たような、プライベートジム的なビジネスを始めようと思ったことがあった。

実際の元ネタは吉川メソッドであるが、こちらとライザップは遠い親戚のようなものだ。

なので、私のジムが出来ていたらやはり遠い親戚になったはずだ。

名古屋に行って友人にトレーニングを受けながらダイエットも実践した。

3ヶ月くらいすると、事業の企画が出来上がってきた。

トレーナーができてジムの事業を任せられる人を探していた。

たまたま良いタイミングで適正があるかもしれない「彼」が見つかった。

本当に良いタイミングだった。

彼といっしょに仕事をしようとした

彼を新しい事業の社長に育てようと思った。

名古屋に呼んで、友人に研修して貰い、一緒に事業企画を相談した。

彼は背伸びしていたのかもしれない。

スタートしてみると彼からはまるで主体性を感じなかった。

アウトプットも少なく遅かった。

彼が東京に戻ってからは何を進めているのかまったくわからなくなった。

なので、いちどだめ出しをした。

考えを改めてリスタートしてくれることを期待した。

その上でいままでのお金をなんらかの形で払おうと思った。

一定の仕事をちゃんと納めて貰おうと、改めて依頼した。

そしたら、途中で投げ出した。

貸したものも返してくれなかった。

一ヵ月以上、一切の連絡が無かった。

その間、私は急性出血性十二指腸潰瘍になり入院していた。

退院後、10日程してから、「彼」から「納品メール」なるものが届いた。

いろいろと意味が分からなかった。

メールを返信した。

これだけでは受け取れない旨を伝えた。

彼に電話した。

もうかかわりたくない、と彼は言った。

では、和解しようと私は言った。

とりあえず指し値で10万円でどう?と言った。

それはひどい、20万だ、30万だと彼は言うかと思った。

しかし、もう10万でいいから、終わりたいと彼は言った。

ほんとにいいの?と私は言った。

もうこじれた関係を終わらせたい、と彼は言った。

では、10万円で円満解決だと、お互いに認識を確かめた。

すぐに請求書と貸与物を送るように彼に言った。

彼はわかりましたと言った。

そこから半年、彼からはなにも来なかった。

代わりに、弁護士事務所から「お手紙」が届いた。

へんな事が書いてあった。

相手の先生に電話した。

相手の先生が「彼」から聞いている内容と私の記憶や記録にはかなりの差異があった。

10万円和解の件は先生は知らなかった。

いろいろなことを先生は知らなかった。

請求金額は意味が分からない金額だった。

そのうち、知らないうちに簡易裁判所で敗訴していた。

判決文だけは受けとったのでこれがわかった。

訴状をみたら、へんなことが書いてあった。

生まれて初めて「控訴」というものをした。

費用が合わないので、自分でやった。

控訴理由書というのを分からないなりに書いた。

簡易裁判所第一審で法定に出ておらず、一度もこちらの主張をしていないので主にこちらの主張になった。

証拠として、業務委託契約書を提出した。

東京地裁、控訴審、というものに一人出向いた。

証拠が揃ってない、被控訴人の主張が曖昧だ、などの理由で判決は次回に持ち越しになった。

次回までに準備書面というものを用意するように言われた。

約一ヵ月後、控訴審二回目、和解の話合いをするように指示が出た。

お互の言い分を書記官がすり合わせていた。

そして和解条項が完成して、和解が成立した。

結局こちらは、業務委託契約に記載された金額の3/4は払うことになった。

原告は利益ほとんどないだろう。

相手方の代理人は相当の赤字だろう。

私は、現金がン10万円、多大なる時間、を失った。

控訴審で、判決が覆えった。

相手の請求の半分以下の金額だった。

事実としてそうなった。

最後まで「彼」は一度も現れなかった。

一昨年、名古屋で準備していたものが終わった。

始めることもなく、終わることもある。

そうこうしているうちにライザップが叩かれ始めた。

自分が似たような商品開発をしていて、無理があるな、と感じていた部分はやはりそのまま無理があったようだが、改善していくだろう。

あの時に準備していたことはいずれビジネスにしようとは思う。

まだまだ改善の余地が多大にある。