2026年8月14日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
Vol.05で、政府の命令でAIが三週間止まった話を書きました。その続きが起きています。
2026年6月中旬、GLM 5.2 というAIが公開された。オープンウェイト(AIそのものが、ファイルとして無料で公開されている形。誰でもダウンロードして、自社の機械の中で動かせる)である。
性能は、オープンウェイトの中で1位。Artificial Analysisという第三者の指標(各社のAIを共通の物差しで採点したもの。100点満点の試験ではなく、世界の最上位でも50点台に並ぶ物差しである)で51点。有料の最上位クラスであるClaude Fable 5の、約5ポイント下にあたる。
公開は、米国の輸出管理の指令がAnthropicにFable 5とMythos 5の停止を強いた、その数日後である。
止められたモデルの隣に、止められない形をしたものが並んだ。
値段
2026年4月に公開された DeepSeek V4 Flash は、100万トークン(AIが読み書きする文章の量の単位。日本語ならおおむね1文字が1〜2トークン。100万トークンは、単行本にして数冊分にあたる)あたり、入力0.14ドル・出力0.28ドル。こちらが送った文章の分と、AIが書いて返した文章の分で、値段が別に付く。
GPT-5.5の出力の料金と比べて、およそ150分の1である。
性能が落ちているわけではない。プログラムの修正課題を実際に解かせる試験(SWE-bench Verified)で<strong>79.0%</strong>。同じ試験でDeepSeek V4 Proは<strong>80.6%</strong>を出しており、OpenRouter(各社のAIへの接続を仲介する事業者)はこれを「GPT-5.5クラスの水準に並んだ」と書いている。
そしてV4 Flashについては、こう書いている——「フロンティアモデル(現時点で最も性能の高い最先端AI群)の現実的な代替として、開発チームが実際の業務の流れにそのまま投入した、最初のオープンウェイトモデル」。
差は、縮んでいない。一定のまま続いている
OpenRouterの分析はこう書いている。オープンウェイトのモデルは米国のフロンティア勢に追随しており、<strong>「3〜6か月の差を、18か月以上にわたって一定に保っている」。</strong> そして<strong>「フロンティア勢が引き離しにかかっている様子は、少なくとも現時点では見えない」。</strong>
7月20日には、AI研究者のNathan Lambertが同じことを別の言い方で書いている。「議論されてきた6〜9か月の差は、3〜5か月程度まで縮まった」。
つまり、最先端と無料の差は、詰まりも開きもせず、数か月のところで固定されている。
7月には、史上最大のものが出た
Moonshot AIの Kimi K3。公式のモデルカードによれば、パラメータ(AIの中身の数値の個数。多いほど大きい)は2.8兆、うち一度の処理で実際に使うのは1,040億。一度に読み込める分量(文脈窓)は1,048,576トークン——本一冊分をはるかに超える。
7月16日に発表され、7月27日に、そのファイルが誰でもダウンロードできる形で公開された。 公開された時点で、史上最大のオープンウェイトモデルである。ベンチマーク(共通の試験)では、Vals AI指数で総合2位、Artificial Analysisの指数で総合3位、利用者が実際に目にする画面まわりのプログラムを書かせて競う場では1位を取っている。
そして、中国だけの話ではない
オープンウェイトで2位に付けているのは、米NVIDIAの <strong>Nemotron 3 Ultra</strong>(48点)である。OpenRouterはこれを<strong>「強いオープンウェイトモデルが中国のラボからだけ出ているわけではない、という最も明確な証拠」</strong>と書いている。
ただし、「無料」の中身は、一社ずつ違う
同じ「オープン」でも、使ってよい条件(ライセンス=使用許諾の取り決め)は、まったく揃っていない。
- DeepSeek V4 Flash = MITライセンス(改造も商用利用もほぼ自由)
- Kimi K3 = 独自の「Kimi K3ライセンス」
- MiniMax M3 = 独自ライセンス。商用利用には出所の表示が要り、規模の大きい商用製品には事前の書面による許諾が要る
- Nemotron 3 Ultra = OpenMDWライセンス。AI本体だけでなく、学習に使ったデータ・手順・評価の道具まで公開している
もう一つ、値札は金額だけに付いていない
DeepSeekが自社で運営している窓口(API=プログラムからAIを呼び出すための接続口)は、送られたデータを、そのAIの学習(中身を作り直す工程)に使うと明記している。
学習に使わせない形で同じモデルを動かしたい場合は、西側の事業者(Fireworks、Together、DeepInfraなど)が提供している窓口を経由することになる。OpenRouterによれば、その価格は開発元の窓口を直接使う場合の、およそ2倍である。
同じモデル、同じ性能。違うのは、自分のデータをどう扱われるかだけ。その差が、2倍の値段になっている。
出典(一次):
- オープンウェイトモデルの分析(OpenRouter公式・2026年6月27日/性能差3〜6か月・GLM 5.2=51点・DeepSeek V4 Flashの価格と150分の1・SWE-bench 79.0%/80.6%・Nemotron 3 Ultra・各ライセンス・データ方針と約2倍の価格差) https://openrouter.ai/blog/insights/the-open-weight-models-that-matter-june-2026/
- Kimi K3のモデルカード(Moonshot AI公式・Hugging Face/2.8兆パラメータ・活性1,040億・文脈窓1,048,576トークン・Kimi K3ライセンス) https://huggingface.co/moonshotai/Kimi-K3
- Kimi K3の公開と性能差の評価(Nathan Lambert/Interconnects・2026年7月20日/3〜5か月・ファイル公開日7月27日・各ベンチマーク順位) https://www.interconnects.ai/p/kimi-k3-the-open-weights-escalation
- ※ Vol.05の①(2026年6月の輸出管理によるアクセス停止・約三週間)は、本号の起点として参照している。
② 構造 — 上の階層で止められると、その階層の外に土俵ができる
三つある。
1. 配られてしまったものは、止められない
Vol.05で見たのは、企業の製品判断が、国家の安全保障判断に上書きされる構造だった。統制の対象は、半導体(装置)→モデル(中身)→誰に見せてよいか(人)と、階層を上げてきた。
だが、上げた先には出口があった。
一度ダウンロードされたファイルに、輸出の許可は効かない。窓口を閉じることはできても、すでに配られたものを回収する方法はない。 GLM 5.2が止められた数日後に出たことは、偶然かもしれない。だが、偶然だとしても構造は同じところを指している。政府に止められる形のものと、止められない形のものが、ほとんど同じ性能で、並んでしまった。
ここで階層を見誤らないほうがいい。無償で配ることは、値下げではない。
値下げは戦術である——同じ土俵の上で、価格で殴る。無償公開は、土俵そのものの定義を変える動きであり、戦略の階層にある。 相手の優位(高い性能を、有料の窓口越しにしか使わせない)が成立する前提そのものを消しにいっている。だから、追随している側が「3〜6か月遅れ」でいることは、負けを意味しない。その差でよければ払わなくていい、という選択肢が常設された時点で、値付けの主導権は移っている。
2. 「先に持っている」ことの値打ちは、数か月分しかない
歴史循環で読むと、これは何度も通った道である。新しい技術は、最初は希少で高い。やがて普及し、希少性に付いていた割増(プレミアム)が消えていく。
今回わかったのは、その減価の速度が、数字で見えたことだ。18か月にわたって、3〜6か月差で一定。
これを値段の側から言い直すと、こうなる。最先端に払っている割増は、「3〜6か月早く使えること」への対価である。それ以上でも、それ以下でもない。
150分の1という価格差は、その数か月に、いくら払っているかの表示でもある。
高いか安いかは、事業による。数か月早いことが決定的に効く仕事なら、150倍は安い。効かない仕事なら、高い。問題は、その判断を「性能で選ぶ」という形でやっていると、この問いが出てこないことだ。
3. 無料であることと、自由であることは別
「オープンウェイト」は一つの言葉だが、中身は、ほぼ何をしてもよいものから、規模の大きい商用利用には事前の書面による許諾が要るものまで幅がある。
値札は、金額にだけ付いていない。安く使う代わりにデータを渡すか、渡さないために2倍払うか。
支払いの形が、お金からデータへ移っているだけで、支払いは消えていない。
Vol.06で「値付けとは、利害の向きの設計だ」と書いた。「無料だから、こちらに不利なことは何もない」という読み方だけは、成り立たない。
③ 経営者の自分事
まず、前に書いたことを一つ訂正します。
Vol.05で、私はこう書きました。別のAIに乗り換えても、逃げ道にはならない、と。
理由は、乗り換えた先も、同じ規制の圏内にいるからです。米国政府が命令を出せば、そちらも同じように止まる。だから乗り換えは、その場しのぎにしかならない——そう書きました。
あれは、半分間違っていました。
規制の外側に、実際に選択肢が育っていました。
①に書いたモデルは、AIそのものが、誰でも無料でダウンロードできる形で配られています。 そして、一度ダウンロードされたものを、あとから政府が回収することはできません。
つまり、同じようには止められない。
性能も、有料の最上位から大きく離れてはいませんでした。
そして、それが出てきたのは、Vol.05で書いた三週間の停止の、数日後です。
私は「逃げ道が塞がっている」と書きましたが、逃げ道は、私が書いていた時点で、すでに作られている最中でした。