AIがコードを書くようになると、その周りのツールはどうなるのか。課題を登録して進み具合を追うものや、開発に使うエディタ(プログラムを書き込む画面)です。AIエージェント(人が逐一指示しなくても自分で手順を判断して動くAI)が働くなら、人が開く画面は要らなくなるとも読めます。
その問いを、答えの出ている会社に当ててみます。
① 事実
Atlassianは年次報告書に「AIモデルはコモディティ化していく」と書きました
Atlassian(アトラシアン)は、Jira(ジラ=仕事の課題を登録して進み具合を追うツール)とConfluence(コンフルエンス=社内の文書を溜めるツール)を売っている会社です。開発の現場で広く使われています。
同社が2026年8月14日に提出したForm 10-K(米国の上場企業が年に一度、証券取引委員会に出す年次報告書)に、こう書かれています。
AIモデルがますますコモディティ化していくなかで、その出力の質を決めるのは、モデルが扱う文脈の質である。
コモディティ化とは、どこの製品を選んでも同じようなものになり、値段で比べられる状態のことです。自社の製品の年次報告書に、業界の主役であるAIモデルについて、そう書いています。
同じ書類で、自社を「AI-first company」——AIを軸に据えた会社——と呼んでいます。
いつまでに、どこまで進むとは書かれていません。 「ますますコモディティ化していく」という進行形の言い方だけです。
Atlassianが「残る」と書いたのは、2,000億の接続でした
では、コモディティ化しないと書いてあるのは何か。Teamwork Graph(チームワークグラフ)という、同社が自社製品の底に置いているデータの層です。
年次報告書の説明では、目標・知識・チーム・作業のあいだの関係を地図にしたもの、とされています。誰が何のプロジェクトにいて、どの決定がどの目標に紐づいているか。同社の集計では、顧客全体の合計で2,000億を超えるオブジェクト(課題や文書など、一つひとつの記録)と接続があり、毎週増えています。
株主向けの説明文(2026年8月6日提出の8-Kに添付)には、もっと短い言い方が出てきます。
組織は、知能をトークン単位で雇うことができる。文脈は、組織が作るのがはるかに難しい。そして、雇うことができない。
トークンは、AIが文章を扱うときの単位で、課金の単位でもあります。知能は買えて、文脈は買えない。売っている側が、そう書いています。
MCPの呼び出しは前の四半期の4倍、利用者の98%はJiraの画面も開いています
AIエージェントに仕事を任せるなら、人がJiraの画面を開く回数は減るはずです。同社は、その減る方向に自分から門を開けました。
MCP(Model Context Protocol=外部のAIから、その会社のデータや機能を呼び出すための共通の決まり)でTeamwork Graphを外部に開放しています。他社のAIエージェントからも、Jiraの中身を読み書きできます。
2026年4〜6月期の数字です。
- MCPサーバーとコマンドライン用のツールの月間利用者が、四半期で倍以上に増えて100万人を超えた
- MCPの呼び出し回数は、前の四半期から400%以上増えた
- MCP経由で作られたJiraの作業項目とConfluenceのページは、前の四半期の4倍近く
- MCPを使っている人の98%が、同じ月にJiraの画面でも活動している
株主向けの説明文には、こう書かれています。
エージェントは、Teamwork Graphを消費するだけでなく、能動的に寄与する側でもある。
外のAIに使わせるほど、こちらのデータ層が厚くなるという説明です。
AtlassianはRovoを、追加料金なしで有料プランに入れました
Rovo(ロヴォ)は、同社が自社製品に組み込んでいるAIです。検索・チャット・エージェントの3つが柱になっています。
値付けが変わっています。Jira・Confluence・Jira Service Managementの有料プラン(Standard・Premium・Enterprise)を契約していれば、別に買う必要がなく、対象のサイトに自動で追加されます。
ただし使う量には枠があります。単位はクレジット(AIを使った量を測る目盛り)で、JiraとConfluenceの場合、利用者1人あたり毎月Standardが25、Premiumが70、Enterpriseが150です。枠を超えたら、1クレジット0.01ドルの追加課金を有効にするか、翌月の枠が戻るまでAIの新しい機能を止めるかを選びます。
同社の集計で、Fortune 500企業の80%超がRovoを使っています。
Atlassianは8月17日、メタデータを止められる契約をEnterpriseだけにしました
2026年8月17日、同社はデータの扱いを変えました。対象はJira・Confluence・Jira Service Managementです。
集めるものは2種類あります。
メタデータ——データそのものではなく、その特徴を表す数値や属性です。同社の定義では、内容の統計的な特徴や数値の項目に加え、検索の問い合わせやRovoとの対話から抜き出した語句・キーワード・話題が含まれます。
アプリ内データ——利用者が書いた内容そのものです。課題のタイトル、説明、コメント。
止められるかどうかが、契約の段階で分かれます。
| メタデータ | アプリ内データ | |
|---|---|---|
| Free | 止められない | 初期値はON |
| Standard | 止められない | 初期値はON |
| Premium | 止められない | 初期値はOFF |
| Enterprise | 止められる | 初期値はOFF |
アプリ内データはどの契約でも止められます。メタデータの提供を止められるのは、Enterpriseだけです。
操作するのは組織の管理者で、場所はAtlassian Administrationの「Security」の中の「Data contribution」です。
用途については、第三者が運営するAIモデルには顧客のメタデータもアプリ内データも渡さない、と書かれています。自社が抱えるモデルの微調整(既にあるAIに追加で学習させ、用途に合わせること)には使うとあります。
Trello・Loom・Bitbucket、それにData Center版の製品は、この設定の対象外です。
売上は26%増えて65億ドル、営業利益は1,035万ドルでした
2026年6月に終わった1年の数字です。
- 総売上 65億7,230万ドル(前年比26%増)。うちサブスクリプションが62億6,219万ドル(27%増)
- 研究開発費 32億6,926万ドル。売上の<strong>50%</strong>にあたります
- 営業利益 1,035万ドル(前年は1億3,039万ドルの営業損失)
- 純損失 5,382万ドル(前年は2億5,669万ドルの純損失)
- 年間1万ドル超をクラウドに払っている顧客 57,334社(2024年6月末45,842社、2025年6月末51,978社)
- 従業員 13,301人
売上が26%伸びて、営業利益は1,035万ドルです。売上に対して0.2%に届きません。
研究開発が売上の半分を占めていますが、これはAIで急に増えた数字ではありません。前年も51%でした。 比率は変わっていません。
② 構造
AtlassianはMCPを外のAIに開けて、同じ1年の売上が26%増えました
ここまでAtlassianの数字を並べました。整理します。
AIエージェントが開発の中身を引き受けるなら、課題管理のツールは間に立つ理由を失う——これが、外から見た筋書きです。人が画面を開かなくなれば、席の数で払う理由も減ります。
同社がやったのは、その逆です。外のAIから直接使える口を、自分で開けました。 自社の画面を通らない使い方を、自分で用意したことになります。
MCPの呼び出しは前の四半期から400%以上増え、MCP経由で作られた記録は4倍近くになりました。そして、MCPを使っている人の98%が、同じ月にJiraの画面でも活動しています。 同じ1年の売上は26%増えています。
⇒ 外のAIに開けて、業績が伸びました。順番は、そうなっています。
因果までは、この決算からは分かりません。ただ、同社が書いている理屈は一貫しています。エージェントはグラフを消費するだけでなく、通るたびに寄与します。開けば開くほど、下に溜まるものが厚くなるという説明です。
伸びている理由として同社が挙げているのは、ツールの出来ではありません。ツールの下に溜まっているものです。
年次報告書の言い方に戻ります。モデルはコモディティ化していくので、出力の質を決めるのは、モデルが扱う文脈のほうだ——これが同社の説明です。株主向けの説明文では、<strong>「知能は雇える、文脈は雇えない」</strong>になります。
⇒ 買えるものと買えないものを、線で分けたことになります。
金を払えば明日から誰でも同じものが手に入るほうが、買えるものです。AIモデルがこちらで、トークン単位で払えば、規模の大小に関わらず同じものが使えます。金額を積んでも手に入らず、自社で時間をかけて溜めるしかないほうが、買えないもの。 文脈がこちらです。
同社は、この線に沿って2つのことを同時にやっています。
買えるほうは、配っています。 RovoはStandard以上の契約に自動で入り、別料金は要りません。使う枠を超えた分だけ、1クレジット0.01ドルで足す形です。AIそのものは、席に付いてくるものになりました。
買えないほうは、集めています。 8月17日からの変更で、メタデータの提供を止められるのはEnterpriseだけになりました。外に開けた口も、集めるほうに数えられています。
戦略の階層で見ると、置き場所が違います。AIモデルは戦術の層にあります。 替えが利き、値段で比べられ、来年には別のものになっています。
蓄積は、その上の層にあります。誰が何を決めて、どの作業がどの目標に紐づいているか。これは他社から買ってきて埋めることができません。
同社は、戦術の層を明け渡して、上の層を厚くしている、と読めます。
Atlassianは、AIモデルを自社で作っていません
「AIモデルはコモディティ化していく」を、そのまま受け取る前に、この会社が何を持っていて、何を持っていないかを見ます。
Atlassianは、AIモデルを自社で作っていません。 年次報告書には、複数のモデルを用途ごとに切り替えて使う仕組み(AI Gateway)を持ち、特定の提供元に寄らない形でAIを届けると書かれています。性能・費用・応答の速さを見て、その時々で振り分ける設計です。
モデルが安く、替えの利くものになるほど、この会社の持ち物の値打ちは上がります。
⇒ 自社に都合のよい位置から書かれた見立てとも読めます。 モデルを作っている側の会社が、同じ文を自社の年次報告書に置くとは考えにくいところです。
見立てそのものが外れている、という話ではありません。位置と主張が揃っているときは、位置のほうも一緒に見ておきます。
同じツールの側で、3社が別々の賭け方をしています
Atlassianだけを見ると、これが唯一の答えに見えます。同じ「開発の周りのツール」を売っている会社を、あと2つ並べます。
JetBrains——開発者が使うエディタを売っている会社です。2025年8月25日から、AIの料金の出し方を変えました。1クレジットを1米ドルと決めて、契約に含めています。 個人向けのAI Ultimateは月30ドルで、35ドル分のクレジットが付きます(5ドルは上乗せ分)。使い切ったら、翌月まで待つか、上のプランに移ります。
⇒ ソフトの利用料の中に、AIの燃料代がそのまま入っています。 月30ドル払うと、35ドル分のAIが使えます。値段と量が、1対1で結ばれました。
Cursor——こちらは最初からAIを前提に作られたエディタです。2025年11月13日の発表で、23億ドルを調達し、評価額は293億ドル(調達後)。年換算の売上は10億ドルを超えたと書いています。 エンジニアは300人を超えたとありますが、全従業員の数は書かれていません。
そして、この会社は自社でモデルを作っています。 発表文には、自社のモデルが他のほとんどの大規模言語モデルより多くのコードを生成している、と書かれています。
⇒ 賭け方が分かれています。 Atlassianはモデルを作らず、コモディティ化すると書きました。Cursorは、そのモデルのほうを自分で作っています。 同じ「開発者が毎日開く画面」を売っていて、逆を向いています。
読者の会社に当てると、見るところは一つです。いま使っているツールの会社が、どちらに賭けているか。 モデルを外から借りている会社なら、モデルが安くなった分は、いずれ利用者に回ってきます。自分で作っている会社なら、その費用は請求書のどこかに乗ります。
契約の大きさが、データの出し方を決めています
もう一つ、線が引かれています。同じサービスを使っていても、契約の段階でデータの出し方が変わります。
メタデータ——何を検索したか、どの語がよく出るか、といった中身の特徴です——を止められるのは、Enterpriseだけです。利用者が書いた内容そのもの(アプリ内データ)も、初期値はFreeとStandardがON、PremiumとEnterpriseがOFFです。安い契約ほど、初めからたくさん出す形になっています。
Free・Standard・Premiumの会社が、悪い条件を飲まされている、という話ではありません。交渉の余地が、契約の大きさに付いているということです。 大口の顧客はデータを出さない選択ができ、小口の顧客の分がグラフに入ります。同じ製品の中に、二つの立場があります。
なお、この組み立てが利益として実るかは、この決算だけでは分かりません。営業利益は1,035万ドルで、純損失が5,382万ドル残っています。文脈が資産だという説明は書類に書かれていますが、その資産がいくらの利益を生むかは、まだ数字に出ていません。
利益が薄いことは、結果として出てきた数字ではありません。年次報告書に、先に書いてあります。
AIのツールと提供物を作り、支えるために、多額の開発費と運用費を負担している。こうした投資は、近い将来にわたって営業利益率に悪影響を与え続けると見込んでいる。
⇒ この書類で年数を切っているのは、コモディティ化のほうではなく、自社の費用のほうです。 モデルがどこまで安くなるかには期限を付けず、自社の利益が削られるほうには「近い将来」と書いています。
同社は、Teamwork Graphに接地したエージェントは回答の正確さが最大44%高く、消費するトークンが48%少ない、とも書いています。ただし何と比べた数字かは書かれていません。