AIが書いたコードの6割が、そのまま取り込まれています。誰が6割と決めたのかを、報告書は「決めていない」と書いています。
① 事実
Faros AIが、22,000人の開発者の2年分の記録を分析しました
Faros AI(米国のソフトウェア開発組織向けの計測ツールを売る会社)が2026年、「AI Engineering Report 2026: The Acceleration Whiplash」を公開しました。分析の基準日は2026年3月です。
素材は、同社の顧客である22,000人の開発者・4,000チームの2年分のテレメトリ(開発に使う道具が自動で残す記録。タスク管理・エディタ〈コードを書く道具〉・静的解析・CI/CD〈コードの検査と配置を自動で回す仕組み〉・バージョン管理・障害管理から集めたもの)です。アンケートではありません。Farosは、このデータを取る道具を売っている会社です。
比べ方は、各チームの観測期間の中でAIの利用が最も低かった2四半期と、最も高かった2四半期の変化率です。統計的に有意で、6社以上のデータがある指標だけを載せています。前年との比較ではありません。 2025年版との比較に触れている箇所は、報告書自身が「独立した断面で、縦断パネルではない。方向の一致を示すだけ」と留保しています。
AIが書いたコードの受け入れ率は、20%から60%に上がりました
AIが生成したコードが、そのままコードベース(その製品のコード全体)に取り込まれた割合は、60%です。 2025年版では20%でした。
増やしたのは、Cursor や Claude Code のエージェントモード(AIが提案を出して人が採否を決めるのでなく、AIが直接ファイルを書き換える動かし方)だと報告書は書いています。
AIツールのライセンスを持つ開発者の割合は、横ばいでした。 席は買ってあったので、この1年で変わったのは利用率です。企業は、持っているのに使っていなかった開発者に使わせる方へ動きました。週に1回以上AIツールを使う開発者は60%(前回40%)。半数以上が週に使っているチームは、80%です。
一方、AIエージェントが自分で書いて、コミットして、レビューに出したPR(プルリクエスト=コードの変更をまとめて提出し、取り込むかどうかの審査にかける単位)は、1%未満です。AIエージェントによるレビューは、0から25%になりました。
報告書は、「ほとんどの組織が決めないまま、AIが境界を越えた」と書いています
冒頭の要約から引きます。
人が指揮し、AIが提案し、人が決める。そうはなりませんでした。(中略)ほとんどの組織による意図した決定がないまま、AIは境界を越えました。AIが生成したコードの60%がコードベースに取り込まれている現在、助手と書き手の区別は実態として崩れています。助手ではありません。書き手です。
原文は author(著者)で、コードを書いた側という意味です。
完了した仕事は増え、本番に出る回数は減りました
AI利用が低い期から高い期への変化率です。
- 開発者1人あたりのタスク完了:+33.7%
- 開発者1人あたりのエピック(複数のスプリントにまたがる大きな機能単位)完了:+66.2%
- 開発者1人あたりのPRマージ(変更を本体に取り込むこと)率:+16.2%(2025年版では+98%)
- 週あたりのデプロイ(本番環境への配置)回数:−11.7%
デプロイ回数は、それを計測している約1割の組織だけの数字です。リードタイム(コミットから本番に出るまでの時間)も同じ約1割で、+480.4%。報告書はどちらも「方向として読む」ように留保しています。
PRマージ率の伸びが前回の98%から16%に落ちた理由を、報告書は「コードの品質がレビューの詰まりを作り、処理量を絞っている」と読んでいます。組織が生み出すコードの量が、レビューして取り込める量を超えています。
消したコードは、9.6倍になりました
コードチャーン(マージ済みのコードについて、四半期に削除した行数を追加した行数で割った比率)は、<strong>+861%</strong>でした。以前の9.6倍です。
報告書は原因を3つ挙げて、「この指標では判別できない」と書いています。
- AIのコードを受け入れてすぐ、使えないと分かって書き直している=同じ計測期間の中で起きる手戻り。無駄。
- 人手では高くつきすぎた大規模なリファクタリング(動きを変えずにコードの構造を作り直すこと)に、AIで着手できるようになった=何年も溜まった古いコードの置き換え。
- 出荷時点で納得していなかったコードに、戻って手を入れる頻度が上がった。
3つとも、データと矛盾しません。判別するには、消された行がいつ書かれたものかをGit(コードの変更履歴を残す仕組み)で見る必要があり、それは各組織が自分の環境でやることだと書いています。
そのうえで、こう締めています。
処理量は、何を出荷したかを測る。何が残ったかは測らない。
レビューを通らずに取り込まれたPRは、31.3%増えました
- レビューを一切通らずにマージされたPR:+31.3%
- PRあたりのレビューコメント数:+25%
- レビューの中央値の時間:+441.5%
- 1本のPRの平均サイズ(変更行数):+51.3%
コメントの増加には留保があります。PRが大きくなっているので、行あたりの欠陥率が同じでもコメントは増えること。AIによるレビューが0から25%に増え、AIは書式や構造にも長く書くので、人が書いたコメントと区別できないこと。
レビュー時間のほうは、その影響を受けません。報告書は、レビューに届くコードの多くが「レビューできる状態になっていない」と読んでいます。 AIが書いたコードは、命名も書式も周囲と揃っていて、分かっている人が書いたように見えます。構造と論理の欠陥は表面の下にあります。見つけるには、意図を読み直して、そのコードが解こうとした問題を組み立て直す必要があります。
それができるのは経験の深いエンジニアで、その人たちの時間が、そこに溶けていると報告書は書いています。
これはコードを書く側の問題であって、レビューの問題ではない。
本番の障害は、PRあたり3.4倍になりました
- PRあたりのインシデント(本番での障害):+242.7%(3.4倍)
- 月あたりのインシデント:+57.9%
- 開発者1人あたりのバグ:+54%(2025年版では+9%)
- 完了とされたあとに差し戻されたチケット:+12.6%
強い開発体制でも、守られていませんでした。 DevOpsの成熟度が高く、DORA(Googleが運営する開発組織の調査。4つの指標で組織の実力を測る)のスコアが高い組織でも、同じ悪化が出ています。
DORAの2025年版は「AIは組織の強みも弱みも増幅する。土台が強ければ守られる」と結論しています。Farosは、DORAがアンケートに基づいていることを指摘しています。開発者は、生産性が上がったと感じています。個人の単位では、実際に上がっているからです。 下流でレビューが詰まり、障害が積み上がることは、その感覚に月単位で遅れて届きます。
Farosの提言は「決めろ」と「意図を渡せ」です
報告書は10の提言を置いています。うち3つを引きます。
提言2「レビューの方針を決め、ゲートとして強制せよ」。 すべてのPRに人のレビューを求めると、量に押しつぶされます。どの領域は人が見るか、どの領域は信頼できるAIエージェントに任せるか、どこは両方かを、危険度で切り分けて決めます。どの方針でも、レビュー無しは認めません。
提言10「エンジニアリング環境のためのコンテキストエンジンを作れ」。 AIエージェントは、コードベースの現在の状態から意図を読み取れません。意図は、コードがどう変わってきた履歴と、その判断の理由と、積み上がった設計の決定から読めます。それを書き手の側に組み込むこと、と書いています。
もう一つ。提言9「人員を減らすな。転用せよ」。 出力が増えたことを根拠に人を減らすと、品質の問題が重なり、数か月で再雇用することになります。減らそうとしている人は、AIが作った品質の差を吸収している人だ、と書いています。
出典:
- Faros AI「AI Engineering Report 2026: The Acceleration Whiplash」(PDF・29ページ)https://pages.faros.ai/hubfs/AI_Engineering_Report_2026_The_Acceleration_Whiplash_Faros.pdf
② 構造
60%は、コードの層の数字です
ここまで、Faros AIが22,000人の開発者の記録から出した数字を見てきました。整理します。
受け入れ率60%は、コードの層の数字です。 増やしたのは、AIが直接ファイルを書き換える動かし方でした。開発者は、AIが書いたものを一行ずつ採否する形から、書き換わったものを見る形に移っています。
一方で、AIが自分でPRを開く割合は1%未満です。何を作るか、いつ出すかは、人が決めています。書き手になったのはコードの層で、仕事の順番を決める層は人のままです。
報告書は「助手ではなく書き手」と書いていますが、数字を層で分けると、書き手になった層は一つです。
決めたのは調達で、決めていないのは書き手の範囲です
報告書の「決めないまま越えた」には、中身があります。
ライセンスは横ばいでした。企業は席を買っていました。この1年でやったのは、使っていない開発者に使わせることです。つまり調達と普及は、決めています。
決めていないのは、どの層でAIを書き手にするかです。 Farosの提言2は、それを決めろと言っています。どの領域は人が見て、どの領域はAIに任せ、どこは両方か。
本紙はVol.22で、商工中金の調査から、中小企業の6割が生成AIの利用を「個人の判断に任せている」と答えた話を書きました。任せているなら、会社は決めていません。 Farosの4,000チームは規模も違い、道具も配っています。それでも、決めていない場所は同じです。規模も道具も違う組織で、似た構造の混乱が起きています。
戦略の階層に置くと、Farosが測っているのは下の二層です
本紙はVol.22で、戦略の階層を上から順に並べました。
Farosの指標は、技術の層とその手前のレビューに集中しています。受け入れ率もチャーンもレビュー時間も障害も、この層で起きていることです。何を、どの順で作るかを決める戦術の層は、AIが自分でPRを開く1%未満の数字で分かるとおり、人のままです。
提言10は、上の層の話をしています。意図はコードの現在の状態からは読めず、履歴と判断の理由と設計の決定から読める、と報告書は書きました。AIに大戦略の層を渡せ、と言い換えられます。9.6倍消され、4倍待たされている組織に、それが渡っていたかどうかは、報告書からは分かりません。提言として置かれていることから、渡っていない組織が多いと読めます。下の層の数字は、上の層を渡していないことの結果だと読めます。
「残ったか」は、自己申告でも、処理量でも出ません
DORAは開発者に訊き、Farosは記録を見ました。訊けば「上がった」と答え、記録を見ると障害が3.4倍です。 両方が正しく、見ている時点が違います。
本紙は前号で、宮崎県日向市がAIの削減時間を職員のアンケートで測っている話を書きました。出荷した量は記録に残り、残った量は記録に残りません。 同じ穴が、22,000人の開発組織にもあります。
③ 自分事
当社は、受け入れ率を層で分けています
読者の会社に当てる前に、当社の実態を書きます。
当社は、代表の海老沢(私)が設計と開発をしている会社です。AIを、番頭(商家で、主人に代わって店の切り盛りをする使用人の筆頭)として使っています。層ごとに、渡し方が違います。
上の層は、文書にして渡しています。 世界観、大戦略、事業戦略と、技術スタック(どの言語・道具・基盤で作るか)。これらは文書になっていて、AIが動き出す前に読む初期コンテキスト(AIに最初に渡しておく前提の文書)に積んであります。ここに受け入れ率はありません。海老沢が書いたものを、AIが読む側です。
戦術の層は、AIが主権です。 次に何をやるかをAIが課題として抽出し、順番に積みます。海老沢は、その提案を判断する側に回っています。受け入れは、体感で8割を超えます。
実作業(図の技術)の層は、人のこだわりが残っています。 コーディングと文章の受け入れは、体感で3〜5割です。残りは書き直させています。
事務の層は、8割が自動化されたか、作業そのものが消えています。
Farosが60%と一つの数字で書いたものを、当社は四つに分けています。 数字は海老沢の体感で、Farosのような記録ではありません。決めたのは、海老沢です。
分け方の基準は、AIに適したタスクはAIに、人に適したタスクと人にしかできないタスクは人に、です。税理士や弁護士と打ち合わせる、郵便局へ行く、支払いをする。これらは人がやります。一見AIに向かないと思えるタスクも、AIでやってみる方向で実験を続けています。予想していなかった良い結果になることも、少なくありません。
詰まっているのは、タスクの切り方だと読めます
ここからは、設計する側から見た海老沢の見立てです。
AIが書くので、コードはすぐにできます。コミットまでの時間が短くなった分、PRがレビューで止まる時間が長くなります。Farosの数字では、レビューの中央値が4倍待たされ、マージ率の伸びは98%から16%に落ちました。
止まっている間に、次のタスクが積まれます。同じ場所を触るタスクを別の人に切ると、競合(二人の変更が同じ箇所でぶつかり、取り込めなくなること)が起きます。ぶつからないようにタスクを切る仕事の難しさが、上がりました。 それを人がやると、そこがボトルネックになります。チーム開発の難易度が、AIで上がった形です。
見きれないので、本番の障害が3.4倍になります。見ないまま取り込むか、捨てるかになるので、捨てられるコミットが増え、消すコードが9.6倍になります。Farosが「判別できない」と書いた9.6倍の一部は、こう読めます。
当社では、タスクを切る層をAIに渡しています。一人なので競合は起きませんが、切る仕事が海老沢の手から外れた点は、同じ場所です。
消す量は、こだわる層で増えます
Farosは、消したコードが9.6倍になった理由を「判別できない」と書きました。当社で起きていることは、書けます。
人が書いたものを捨てるのは、書いた時間が惜しいからです。サンクコスト(すでに払ってしまって、戻ってこない費用)が、書き直しを止めます。AIが書いたものは、捨てる痛みが小さくなります。書き直させるまでの距離が、縮まりました。
実作業の受け入れが3〜5割なので、5〜7割は書き直させています。消す量が増えるのは、こだわる層では設計どおりです。 当社にチャーンの数字はありません。ただ、Farosの3つの説明のうち、当社で起きているのは、無駄の側ではありません。
追われているのは、当社も同じです
Farosは、開発者が1日に触るPRが67%増え、作業の再開が13.8%増えたことを「加速にかかる税」と書きました。始めやすく、終わりにくい環境だ、と。
当社でも、海老沢は追われています。考えるのに気合いがいる課題を、AIが次々と抽出して積んできます。それに応えて、延々とやり続ける流れになっています。海老沢の仕事は、タスクを出す側から、AIが出したタスクを判断する側に変わりました。 労働時間は増えています(前号)。
同じ現象を、Farosは税と書きました。当社では、それが仕事の回し方になっています。違いは一つだと考えています。課題を積んでくるAIが、大戦略の文書を読んでいるかどうか。 読んでいないAIが積むタスクは、意図から外れます。再開13.8%と、消される9.6倍の一部は、そこから来ていると推測できます。Farosの提言10が「意図を渡せ」と書いているのは、この場所です。
規模で、決める人が変わります
数人の会社では、決めるのは社長です。 当社と同じ形で、社長が層ごとに渡し方を決められます。渡す文書は、社長の頭の中にあるものを書き出したものです。本紙Vol.49で「なぜ今の仕事をしているのか、一度書いてみてください」と書いたのは、この文書のことです。
数十人になると、部門ごとに誰かが決めています。 AIもITも、どの部門の担当でもないので、拾った人が自分の層で決めます。Vol.22の「個人の判断に任せている」は、この形です。会社として決めた層がないと、Farosの「決めないまま越えた」になります。
明日できること
決裁は要りません。訊くだけです。
⑴ 社内でAIが出したものを、誰がどのくらい通しているか訊いてください。 一つの数字で答えが返るか、仕事の種類で分かれて返るか。分かれて返るなら、その人は層で決めています。
⑵ AIに、何を読ませているかを確かめてください。 作業の指示だけか。過去の判断の理由、設計の決定、なぜこの仕事をしているか(本紙Vol.49)も読ませているか。Farosの提言10は、後者を渡せと言っています。
⑶ AIに書かせたものを、何回書き直させているか訊いてください。 多い層が、その人のこだわりの層です。少ない層は、決めずに通している層かもしれません。どちらかは、訊かないと分かりません。
短信
Anthropicが、AIの経済への影響を2030年まで3つのシナリオで公表(2026年9月)
Anthropicの経済チームが「Econ Scenario Explorer」を公開しました。技術報告書「Economic Scenarios for Transformative AI」(Korinek ほか、2026年)に基づき、経済の全職務を「AIが変えない/AIが補う/AIが自動化する/AIが新しく作る」の4つに分けて、2030年の米国経済を計算するものです。
3つのシナリオでの2030年の米国GDP(2025年の価格水準)は、AIが無い場合と比べて、控えめで+1.6%、実質的で+8.3%、極端で+32.4%。「実質的」のシナリオでは、AIが2030年までに知識労働の半分をこなせるようになり、知識労働者の賃金は横ばい、それ以外の職業の賃金は上がります。「極端」では年率15%で成長し、知識労働の失業は過去の不況期の水準を超えるとしています。
同社が8月に米国人10,980人に訊いた予想は、典型的な回答が「実質的」のシナリオに近く、<strong>2030年の失業率は約5%</strong>でした。極端なシナリオに一致する回答は約1割です。
出典:https://www.anthropic.com/institute/econ-scenarios
今月のモデル
今号は、新ネタ無しです。
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ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
海老沢が執筆している、IT業界のお仕事小説です。毎号1話ずつご紹介します。
〈第2.5部 第2章「ピッチ」〉
全社会議で、神崎リナが一つ訊きます。型のお手本にする「いちばんいい店」に、客として行ったことがありますか。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part2-5/articles/ch02
小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/atogaki/articles/atogaki-1
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