2026年8月16日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
サンフランシスコ連邦準備銀行(米国の中央銀行にあたる連邦準備制度の、地区の銀行の一つ)が、2026年5月26日、こういう題のレポートを出しました。
「我々は高生産性成長の時代に入ったのか」
タグ=運用, 統計
米国経済は、この3年間、年2.5%前後で拡大しています。 ところが同じ3年間、雇用の伸びはほぼゼロでした。
人が増えていないのに、産出が増えている。ならば、一人あたりの生産性が上がっているはずです。 そこにAIへの巨額の設備投資が重なっているので、「AIで生産性の時代が始まったのではないか」と言われています。
連銀は、それを確率で出しました。
二つの物差しで測ると、答えが二つ出た
物差しは二つあります。
一つ目=労働生産性。 働いた1時間あたりの産出です。これは、設備を厚くすれば上がります。 同じ人が、より良い機械を持てば、1時間あたりの産出は増える。連銀はこれを資本の深化(capital deepening)と呼んでいます。
二つ目=TFP(全要素生産性)。 設備の増加でも人員の増加でも説明できない、残りの伸びだけを取り出した数字です。連銀の説明はこうです——「経済がすべての投入をどれだけ効率よく使っているかを測る」「工程と技術の、本物の改善を捉えることを意図している」。
この二つで、同じ経済を測った結果が割れました。
「高生産性の時代に入った確率」(過去70年のデータから、経済が高成長の局面と低成長の局面のどちらにいるかを確率で推定する統計の手法を使っています)。2025年10〜12月期時点で——
- 労働生産性で測ると、57%
- TFPで測ると、21%
同じ経済です。同じ時点です。
連銀が書いた一文
なぜ割れたのか。連銀は、こう書いています。
「この乖離は、AI技術とデータセンターなどの基盤への企業投資が急増するなかで起きている。投資の増加は、働き手の生産性が上がったことと同時に起きたが、TFPが測ろうとしている、より広い利得はまだ生んでいない。
これは、ここまでの生産性の改善が、働き手により良い道具——新しいソフトウェアや、増強された計算能力——を渡したことを映しているのであって、経済の根本的な前進ではないことを示している。」
道具は渡った。仕組みは、まだ変わっていない。
90年代も、同じ形をしていた
連銀は、1990年代のコンピュータとインターネットの時期と比べています。あのときも、労働生産性が先に伸びて、TFPが遅れる形が出ていました。
ただし、ここに注意書きが付いています。図に出ている確率は、2025年までの全データを使って計算されたものです。 つまり1995年の確率を出すときにも、「その後に生産性が伸びた」という事実を知ったうえで計算しています。
そこで連銀は、1997年までのデータだけに限って、同じモデルを走らせ直しました。 後知恵を抜いた結果です。
- 1997年10〜12月期の確率=労働生産性で67%、TFPで30%
- 連銀の記述=「持続的な高生産性成長の時代にすでに入っている、という確かさは、無かった」
さらに、こう付け足しています。「我々の推定は、すでに改訂されたデータを使っている。したがって、当時の不確実性を過小評価している。当時のものは、未改訂の速報値だった」。
渦中にいる人には、渦中にいることが分からない。 連銀は、それを自分のモデルで検算しています。
別の数字も出ています
MITのダロン・アセモグル(労働経済学でノーベル経済学賞)は、2025年1月の学術誌でこう試算しています。AIによるTFPの押し上げは、今後10年で0.66%を超えない。 修正後の見通しでは、0.53%に満たない。
10年で、0.5%台です。
出典(一次):
- サンフランシスコ連銀 Economic Letter 2026-14「Have We Entered an Era of High Productivity Growth?」(Hamza Abdelrahman/Andrew Foerster・2026年5月26日/57%・21%・67%・30%・二つの指標の定義・引用した記述はすべて本文から) https://www.frbsf.org/research-and-insights/publications/economic-letter/2026/05/have-we-entered-era-of-high-productivity-growth/
- Daron Acemoglu「The Simple Macroeconomics of AI」(Economic Policy 第40巻121号・2025年1月/TFP押し上げ0.66%以下・修正後0.53%未満) https://doi.org/10.1093/epolic/eiae042
② 構造 — 買ったことは数字に出る。変えたことは、別の数字に出る
1. 二つの物差しは、二つの階層を測っている
労働生産性は、設備を厚くすれば上がります。 AIの利用料を払い、社員が使えば、一人あたりの産出は増える。
TFPは、そこを引き算した残りです。設備を増やしたから増えた分は、TFPには入りません。
57%と21%の差は、この引き算の差です。
買ったことは、数字に出ています。 変えたことは、まだ出ていません。
2. 100年前の工場は、同じところで20年止まっていた
歴史循環で読むと、これは一度通った道です。電気です。
スタンフォード大学のポール・デイヴィッドが1990年に書いた論文に、年数が並んでいます。
- 1881年——エジソンの中央発電所がニューヨークとロンドンで動き出す。
- 1899年——米国の製造業に設置された電動機の馬力は、工場の機械動力の5%未満。
- そこから50%に達するまで、さらに約20年。
- 1920年代初頭——ようやく工場の機械動力容量の半分をわずかに超え、このときに初めて、電化が製造業の生産性に効き始めた。
デイヴィッドの一文です。「最初の中央発電所が営業を始めてから、四十年後だった」。
40年、統計は動きませんでした。
3. 40年かかった理由が、この号の芯です
遅れていたのは、工場の建物のほうです。
蒸気機関の工場は、こういう作りをしています。動力源が一つあり、天井に長い回転軸(シャフト)が通り、そこからベルトが各機械に下りている。動力を配るのが物理的な軸なので、機械の置き場所は軸の下に決まり、軸を支えるために建物は頑丈な多層構造になります。
ここに電気が来たとき、工場が最初にやったことは——動力源だけを電動機に替えることでした。 天井の軸も、ベルトも、機械の配置も、そのままです。デイヴィッドはこれを group drive(区画ごとの駆動)と呼んでいます。天井の軸を何区画かに分け、その区画ごとに電動機を1台あてがう方式です。
デイヴィッドの記述はこうです。
「工場主は、既存の動力伝達設備の埋没費用を合理的に無視し、group driveの導入に要する追加の設備投資が、必要動力の低減と機械の速度制御の改善で正当化されるかどうかだけを計算すればよかった。だが生産性を計算する側からすれば、元のベルトと軸(およびそれを動かしていた原動機)は、使える設備としてそこに残っていた。
その結果、製造業の資本産出比率は上がり、それが全要素生産性(TFP)の急速な伸びを妨げた。」
埋没費用=すでに払ってしまい、戻ってこない費用。資本産出比率=設備の額を、産出の額で割った比率です。
設備は増えた。産出は同じだった。だからTFPは、むしろ伸びなかった。
これが、group driveの正体です。動力源を最新のものに替えて、仕事のやり方は一つも変えていない。
4. 効いたのは、機械ごとにモーターを付けたときでした
次に来たのが unit drive(機械ごとの駆動)です。機械の一台ごとに、電動機を直結する。
これで何が起きたか。デイヴィッドが列挙しています。
- 天井の軸を支える筋交いが要らなくなり、工場の構造そのものを根本から設計し直せた(軽い建物で済む)
- 軸を長く回す必要が消えたので、多層の建物をやめて、平屋にできた
- 平屋の直線的な配置になったことで、材料の運び方を最適化でき、機械の並べ方も後から組み替えられるようになった
- 配線の柔軟さによって、保守や配置換えのときに工場全体を止めなくてよくなった(それまでは、一部門を直すのに動力系統を全部止めていた)
効いたのは、電動機を前提に、工場を建て直したことでした。
数字が出ています。米国製造業のTFP成長率は、1909〜19年に比べて1919〜29年に5パーセントポイント加速しました。デイヴィッドによれば、そのおよそ半分が、この10年間に機械側の電動機の容量が伸びたことだけで、統計的に説明できる。
出典(一次):
- Paul A. David「The Dynamo and the Computer: An Historical Perspective on the Modern Productivity Paradox」(American Economic Review 第80巻2号 pp.355-361・1990年5月/1899年の5%未満・50%到達までさらに約20年・1920年代初頭・中央発電所から四十年後・group driveと資本産出比率・unit driveの4つの効果・1919-29のTFP加速5ポイント。引用と数字はすべて原文から)
- 原典= https://www.jstor.org/stable/2006600 / 全文PDF(著者本人がアップロードした版)= https://www.researchgate.net/publication/4724731
5. AIには、建て直す工場がありません
100年前の工場が止まっていたのは、建物のせいでした。 天井の軸をやめて機械ごとにモーターを付けるには、工場を建て直す必要がある。建て直すには、古い工場が価値を失うまで待つしかありませんでした。動かせなかったのは、鉄とコンクリートです。
AIには、それがありません。
買った設備はありません。償却の途中のものもありません。AIの費用は、ほとんど変動費です。 使った分だけ請求が来て、使わなければ止まります。設備を買って寝かせている状態が、作れません。
替えるのは、誰が何をやるかの配置です。
40年かかったほうには、「まだ設備の償却が終わっていない」という理由がありました。 帳簿に載っている理由です。銀行にも、社内にも、そう説明できます。
AIには、それがありません。
6. ここに、段階があります
四つに分けられます。
| 点 | やること | 疑っている前提 |
|---|---|---|
| 10点 | エクセルの作業を自動化する | 疑っていない(いまのやり方が前提) |
| 50点 | エクセルをいらなくする | 道具は疑う(作業の存在は前提) |
| 80点 | その作業を無くす | 作業の存在を疑う |
| 100点 | 上の階層の戦略に照らして、最適解を探る | 何のためにやっているかから決める |
上に行くほど、疑う前提の範囲が広がります。
下の段でどれだけ完璧にやっても、上の点数にはなりません。 10点の作業を100%の精度でやっても、10点です。
group driveは、10点でした。 動力源を蒸気から電気に替えた。工場のレイアウトも、機械の配置も、疑っていません。
unit driveと平屋への建て直しが、80点です。 動力の配り方が変わったなら、建物の形はもう決まっていない——そこまで疑った。
連銀の二つの数字は、この表の下段と上段です。 労働生産性57%=道具は入った。TFP21%=作り直しは、まだ数字になっていない。
7. 既刊の数字が、同じ分布の別の断面になります
本紙が一次で確認してきた数字を、この表に載せ直します。
- Vol.20「役割まで変えた会社は9.5%」——AIを入れた会社は多い。研修を用意した会社も多い。役割まで変えたのが9.5%。 前の三つが10〜50点、9.5%が80点以上です。
- Vol.16「9割がAIの影響は無かったと答えた」——10点の使い方をすれば、数字は動きません。同じ道具を入れて片方だけ請求書が変わった理由は、仕事の組み立てを作り直したかどうかでした。
- Vol.22「6割が個人の判断に任せている」——会社が線を引いていないので、何点の問いを立てるかが、個人任せになっています。
一号ずつ読んでいるときは、別々の調査です。並べると、同じ分布を三方向から見ています。
8. 上限を決めているのは、渡す側です
ここが最後です。
どんなに賢いAIでも、10点の問いを渡せば、10点の答えが返ります。
エクセルの作業を自動化してくれと言えば、自動化してくれます。「その作業は要るのか」とは訊かれません。
上限は、渡す側が決めています。