2026年8月7日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
米国で、AIによって毎月16,000人分の雇用が減っています。
ゴールドマン・サックスのエコノミスト、エルシー・ペン(Elsie Peng)の分析です。 過去1年で、月あたり16,000人分。12ヶ月で約192,000人。失業率にすると、0.1ポイントの押し上げです。
この数字だけを見ると、「思ったより小さい」と感じられるかもしれません。 私もそう思いました。
16,000は、引き算の答えでした。
- AIに置き換えられて消えた仕事:月25,000人分
- AIによって増えた仕事:月9,000人分
- 差し引き:月16,000人分の減少
25,000と9,000が、同時に、逆向きに動いています。 そして表に出てくるのは、その差である16,000だけです。
ここで、もう一つ数字を出します。今度は足し算です。
25,000 + 9,000 = 34,000。
毎月、34,000人分の仕事が動いています。 そして、表に出ているのは16,000。実際に動いた量の、半分以下です。
1年分にすると、こうなります。
- 消えた:300,000人分
- 増えた:108,000人分
- 動いた総量:408,000人分
- そして、ニュースの見出しになった数字:192,000人分
40万人分が動いて、19万人分しか見えていません。
「毎月16,000人減っている」は、正しい。 ただし、その2倍以上が、実際には動いています。
どうやって、この内訳を出したのか
調査を担当したエコノミストは、物差しを二つ使いました。
一つは、自社で以前から使っている「どれくらいAIに置き換えられやすいか」を測る指標。これは、多くの調査が使っているものです。
そしてもう一つ。
IMF(国際通貨基金——世界各国の経済を見ている国際機関)のエコノミストが作った、「どれくらいAIと組んで仕事が増えるか」を測る指標を、外から借りてきました。
この二本目を足すまで、内訳は見えていませんでした。
置き換えの物差しだけで測っていると、出てくるのは「減った」という結論だけです。増えているほうは、そもそも測っていないので、存在しないのと同じになります。
職種によって、向きが逆でした
同じAIが、職種によって逆の方向に働いています。
置き換えられる側——AIが、その仕事の中心にある作業の大半を処理できてしまう職種。
- 保険金請求の事務
- 集金の業務
増える側——AIが一部を担っても、人の判断・その場にいること・専門性が残る職種。
- 弁護士
- 建設現場の監督
- 医師
「AIに仕事を奪われるか」という問いに、一つの答えはありません。 職種ごとに、増えるか減るか、向きそのものが逆になっています。
そして、若い層に集中しています
もう一つ、数字が出ています。
置き換えられやすい仕事ほど、新人と経験者の賃金の差が開いていました。 職種を「AIに置き換えられやすい順」に並べたとき、そこから置き換えられやすいほうへ一段階ずれるだけで、その差が約3.3ポイント広がる、という分析です。
影響がいちばん出ているのは、経験の浅い層でした。
本紙のVol.03とVol.14で、「梯子の一段目」の話を書きました。 新人向けの仕事が消え、一段目が二段目の高さに付け替えられた、という話です。今回の数字は、その賃金版にあたります。
出典:
- 【二次3本で突き合わせ済・2026-08-07】ゴールドマン・サックス US Daily note(エコノミスト Elsie Peng)
- ⚠️ 一次に当たれていない。 GSのDaily noteは顧客向けで一般公開されていないため、本紙の原則(一次を読む)を今回は満たせていない。 そのことを隠さずに書く。
- 代わりに、内容の一致する報道3本で数字を突き合わせた:代替=月約25,000/補完=月約9,000/純減=月約16,000/失業率0.1ポイント押し上げ/12ヶ月で約192,000。3本とも同じ数字。
- 手法=GS独自の「AI displacement score」+ IMFのエコノミストが開発した「AI complementarity index」の組み合わせ。
- 代替リスクが高い職=insurance claims clerks(保険金請求事務)/bill collectors(集金)=中核業務の大半をAIが処理できる職。補完余地が高い職=lawyers(弁護士)/construction managers(建設現場監督)/physicians(医師)=人の判断・物理的な存在・専門性が要る職。
- 賃金=「a one standard-deviation increase in AI substitution exposure widens the entry-level-to-experienced wage gap by roughly 3.3 percentage points」(⚠️ 「1標準偏差あたり」の条件付き。単に3.3ポイント広がる、と書かないこと)。
- https://finance.yahoo.com/economy/articles/ai-cutting-16-000-u-171008831.html
- https://finance.biggo.com/news/Ou_wY50BNZYCTTDvGjHZ
- https://allwork.space/2026/04/ai-eliminating-16000-u-s-jobs-every-month-goldman-sachs-reports/
- 【一次・2026-08-07 確認済】Goldman Sachs「How Will AI Affect the US Labor Market」(Joseph Briggs/Evan Tylenda)
- ⚠️ 上のDaily noteとは別研究。混ぜて書かないこと。
- 全世界で<strong>3億の仕事</strong>が自動化にさらされる/米国の<strong>全労働時間の25%</strong>を自動化しうる。
- 10年の移行期間で労働者の6〜7%が置き換えられ、失業率は0.6ポイント上昇する見通し。
- ⚠️ 補完側の具体例がここにある=データセンター建設に関連する建設職が、2022年以来216,000人増加/2030年までに電力需要を満たすため約500,000の純新規雇用が必要。
- https://www.goldmansachs.com/insights/articles/how-will-ai-affect-the-us-labor-market
- ⚠️ 不採用にした数字(inboxにあったが裏が取れなかった):「年内に月2.2万〜2.8万人へ拡大」「今後10年の累計displacement 最大1500万人」「AIスキル保有者の賃金プレミアム56%」の3点。Vol.16の教訓(出典を開いて、その記事が言っているか確かめる)に従い、本文では使わない。
②の「争われている」の節(2026-08-09 追加/①がGS一本になる弱点への対)
- 【一次・2026-08-09 確認済】Brookings「Research on AI and the labor market is still in the first inning」
- ⭐ 中心の主張=「the evidence on how AI is affecting the labor market today is inconclusive, and claims about harmful impacts on particular groups of workers are premature」/研究群は「collectively inconclusive」。
- ⭐ 研究同士の食い違い(本節の骨)
- Brynjolfsson, Chandar, and Chen(2025)=ADPの給与データ。AI露出の高い職ほど若手の雇用が減った。
- Eckhardt and Goldschlag(2025)=CPS(政府の労働調査)。逆の結果。AI露出の高い職のほうが失業の増え方が小さかった。
- Iscenko and Millet(2026)=求人の減少は2022年=ChatGPT以前に始まっていた。LLMの普及より金利上昇との相関のほうが強い。
- 測定の問題=「numerous AI exposure and usage measures being used in AI research, and they do not entirely agree」。
- 代替説明=金利上昇/パンデミック期の過剰採用/リモートワーク適性/関税/移民労働者への依存。
- ⭐⭐ ナレーターバイアス(本号で最も経営者に刺さる)=①研究者自身がAIを使っているのでAIに過剰帰属しがち ②「CEOには、パンデミック期の過剰採用を認めるより、採用凍結や解雇を『AIのせい』にするインセンティブがある」。
- ⚠️ 数値的な帰属はゼロ=「weak signals about the future」に過ぎない、という立場。
- https://www.brookings.edu/articles/research-on-ai-and-the-labor-market-is-still-in-the-first-inning/
- ⚠️ Brookings も集約物だが、本節が使っているのは「研究が割れている」という事実であり、その主張についてはBrookingsが一次。 個々の研究の数字は本文で使っていない(「減った/逆だった/2022年から」という向きだけ)。昨日立てた恒久ルール(集約レポートは一次ではない)に抵触しない使い方。
- ⚠️ Brynjolfsson の一次(SIEPR)は403で取得できず。 本文では数字を使わず「AIに置き換えられやすい職ほど、若手の雇用が減っていると出しました」と向きだけ書いた。数字を使うなら一次を当てること。
②のベンチマークの節(2026-08-08 追加)
- 【一次・2026-08-08 確認済】Stanford HAI「2026 AI Index Report」
- 「On a key coding benchmark—SWE-bench Verified—performance rose from 60% to near 100% in a single year.」=1年で60%→ほぼ100%。
- ⭐ jagged frontier=「AI models can win a gold medal at the International Mathematical Olympiad but cannot reliably tell time—an example of what researchers call the jagged frontier of AI.」
- 「Gemini Deep Think earned a gold medal at IMO, yet the top model reads analog clocks correctly just 50.1% of the time.」=アナログ時計 50.1%。
- ⚠️ 報告書はこの現象を「ベンチマークが当てにならない」とは書いていない。 本紙が接続している。「報告書がそう言っている」と書かないこと。
- ⚠️⚠️ 2026-08-08 判明:50.1% は元研究まで追えていない。 AI Index は一次だが、それ自体が集約物であり、この数字がどの測定を指すかは報告書の当該箇所に書かれていない。
- <strong>⚠️ そして「時計が読めるか」は、測り方で数字が大きく散らばる</strong>——別の測定(ClockBench:180個の時計・720問)では<strong>人間89.1%に対して最良のモデル13.3%</strong>、また別の測定では<strong>時計38.7%/カレンダー26.3%</strong>という数字がある。<strong>50.1%・38.7%・13.3% は、どれも「時計が読めるか」の数字。</strong>
- → 本文では断定を避け、「同じ報告によれば……50.1%でした」と出所を明示する形に直した。 本紙の主張は「ぎざぎざ(尖りと抜けの同居)」であって、特定の数字ではない。
- ❌ 「コインを投げるのと、ほぼ同じです」を削除した。 50%は2択のときだけコイン投げと等価で、時計読みは2択ではない。比喩が事実を歪めていた。 →「2回に1回は、間違えます」に差し替え(これは50.1%から直接言える)。
- ⚠️ 使うなら元研究を当てること。 ただし本号の芯はゴールドマンの差し引きであり、ベンチマークは②の実例なので、これ以上枝を増やさない(前稿が薄いと指摘された反省)。
- https://hai.stanford.edu/ai-index/2026-ai-index-report
- 【一次に近い(当事者インタビュー)・2026-08-08 確認済】Latent Space「The End of SWE-Bench Verified — Mia Glaese & Olivia Watkins, OpenAI Frontier Evals」
- 汚染=「reproduce gold patches and problem statements verbatim with minimal prompting, just from SWE-Bench Verified Task ID alone」=通し番号だけで正解パッチを逐語再現。
- 思考の連鎖の分析で、問題文に一度も書かれていない実装の詳細をモデルが知っていた。 具体例=テストが探している特定の引数を伝えていないのに、GPT-5.2の推論に「maybe I should add it in」が出ていた。
- 範囲=「ALL frontier models, starting with OpenAI's」(Claude Opus 4.5・Gemini Flash を含む)。⚠️ 特定他社の問題ではない。本文でも社名を並べず「各社の最上位モデルすべて」と書いた。
- 監査=138問/「at least SIX more engineers to review all the issues」/狭すぎるテスト49問(機能的に正しい提出を却下)・広すぎるテスト26問(指定外の追加機能を要求)。
- https://www.latent.space/p/swe-bench-dead
- ⚠️ 2026-08-08 出典から外した。 公式に同じ内容がより正確にあるため(下記)。参考として残すが、②の記述は公式に基づく。
- 【一次・2026-08-08 全文確認済(日本語版)】OpenAI「SWE-bench Verifiedがフロンティアのコーディング能力を測定しなくなった理由」
- ⚠️ openai.com は403で自動取得できないため、海老沢がブラウザで開いて全文を取得した(Vol.17と同じ経路)。以下はすべて公式日本語版の原文。
- 経緯=SWE-bench Verified は2024年8月にOpenAIが公開(オリジナルのSWE-benchは2023年)。500問=1,699件を専門エンジニアがレビューし、各問題を3人が独立に見て絞り込んだもの。
- ⭐ 降りた動機=伸びの鈍化:「過去6か月で74.9%から80.9%へと改善しました。これは次の疑問を提起します。つまり、残りの失敗は、モデルの限界を反映しているのか、それともデータセット自体の特性を反映しているのかという疑問です。」
- ⭐ 監査の正確な内訳=「OpenAI o3 が64回の独立した実行にわたって一貫して解決できなかった138件」(=データセットの27.6%のサブセット)を「少なくとも6人の経験豊富なソフトウェアエンジニアによって個別にレビュー」。→ 138件の59.4%にテスト設計または問題記述の重大な問題。 内訳=ナローテスト35.5%(特定の実装を強制し、機能的に正しい提出を無効化)/ワイドテスト18.8%(問題説明に無い追加機能を要求)/その他5.1%。
- ⚠️ 「試験全体の6割が壊れている」ではない。138件はモデルが解けなかった問題を選んだサブセット。 本文でも「モデルが何度やっても解けなかった問題を138問選び」と明示している。
- 具体例=
pylint-dev__pylint-4551(問題説明に無いget_annotationという名前をテストが直接インポート)/sympy__sympy-18199(PRは3つのissueを直しているが、タスク説明は1つだけ)。
- ⭐ 汚染の比喩(本文にそのまま使用)=「テスト前に生徒に次のテストの問題と解答を共有するようなものです。彼らは答えを暗記しないかもしれませんが、事前に答えを見たことのある生徒は、そうでない生徒よりも確実に良い成績を収めるでしょう。」
- 汚染の範囲=「私たちの分析では、テストしたすべてのフロンティアモデルが、……ゴールドパッチ、または逐語的に特定のタスクにおける問題ステートメントの具体的内容を再現できることが分かりました。」具体例3社=GPT-5.2(django-11451)/Claude Opus 4.5(astropy-13236・インラインコメントまで逐語再現)/Gemini 3 Flash(django-11099・正規表現と行番号まで)。 ⚠️ 本文では社名を並べず「会社をまたいで、全社です」と書いた(特定他社の問題にしない=発信の原則)。
- ⭐ GPT-5.2 は「解決がほぼ不可能」と特定された31のタスクを解決した。 例=
django__django-14725で、問題記述に無いedit_onlyパラメータをリリースノートの知識から「Django 4.1で導入された」と正しく識別(思考の連鎖に痕跡)。 - ⭐ 結論(本号でいちばん強い引用)=「SWE-bench Verified における改善が、モデルの現実世界でのソフトウェア開発能力における有意義な改善をもはや反映しないことを意味します。その代わりに、それらはトレーニング時にモデルがベンチマークにどれだけさらされていたかをますます反映するようになっています。」→「これが、私たちが SWE-bench Verified のスコアの報告を停止した理由であり、他のモデル開発者も同様の措置をとることを推奨します。」
- 代替=SWE-bench Pro を推奨(「完璧ではありませんが、経験的には汚染の問題の影響を受けにくいようです」/「どのモデルも完全に逐語的なゴールドパッチを生成することはできませんでした」)。加えて非公開ベンチマーク(GDPVal)への投資=「タスクはドメインの専門家によって非公開で作成され、露出リスクが軽減され」。
- 教訓(討議部分)=「公開されている資料に基づくベンチマークには汚染リスクがあり、学習データへの露出によってスコアが気付かれないまま増加する可能性があります」/「自動スコアリングを適切に行うのは難しい」。
- https://openai.com/index/why-we-no-longer-evaluate-swe-bench-verified/
- ⚠️→✅ 2026-08-08 訂正:二次由来の数字を2点、一次で直した。
- ❌ 旧稿「1年で60%からほぼ100%まで上がった」(Stanford HAI AI Index 由来)。⚠️ OpenAIの一次は「過去6か月で74.9%→80.9%」で、整合しない。 AI Index が何の集計を指しているか不明なため、②では使わずOpenAIの数字に差し替えた。 結果として論旨が強くなった——伸びが鈍化したことが監査の動機だった、という筋が通るため。
- ❌ 旧稿「狭すぎるテスト49問・広すぎるテスト26問」(Latent Space 由来)。一次はパーセント表記(35.5%/18.8%/5.1%=合計59.4%)で、138×0.355≒49・138×0.188≒26 と一致していた。 ⚠️ 前日に「59.4%は内訳と合わないので使わない」と判断したのは誤り。 一致していたので一次の表記(59.4%+内訳3つ)を採用。
② 構造 — 差し引きは、両方を隠す
16,000という数字は、正しい数字です。 誰も嘘をついていません。
ですが、この数字を見ても、中で何が起きているかは分かりません。
25,000が消えて9,000が生まれたのか。それとも16,000が静かに減っただけなのか。差し引きの数字は、その区別を持っていません。
そして、この二つは、まったく違う状況です。
前者なら、中で人が移動しています。 消えた場所と生まれた場所があり、その間を人が移っているか、移れずにいるかが問題になります。
後者なら、ただ縮んでいます。 手当ては別のものになります。
同じ「マイナス16,000」から、正反対の判断が出ます。
差し引きは、動いた量を隠します
そして、隠れる量は、動きが大きいほど大きくなります。
①の数字がそうでした。動いたのは34,000で、見えているのは16,000。18,000人分が、二つの流れの相殺で消えています。
極端な場合を考えると、はっきりします。
もし、消えた数と増えた数が、まったく同じだったら。
差し引きは、ゼロです。 統計には「変化なし」と出ます。ニュースにもなりません。「今年、AIは雇用に影響しなかった」と報告されます。
ですが、その年、中では最大限の入れ替えが起きています。
差し引きがゼロだから、動きも止まっている——とは限りません。 むしろ、いちばん激しく動いている期間が、いちばん静かに見えることがあります。
「今年は横ばいでした」という報告は、いちばん情報量が少ない。
そして、いちばん危ないことがあります。
見えなかったのは、測っていなかったからです
なぜ、これまで内訳が見えなかったのか。
置き換えの物差ししか、持っていなかったからです。
①に書いたとおり、今回の調査は、置き換えの指標に、IMFの「AIと組むと仕事が増えるほうを測る」指標を足して、初めて内訳を出しました。二本目を借りてくるまで、増えている側は測られていませんでした。
測っていないものは、ゼロとして扱われます。 「無かった」のではありません。「数えていなかった」のです。
物差しを一本しか持っていないと、その物差しに映るものだけが、起きていることになります。
そして、その一本が、測りたいものを測っていないことがあります
AIの世界で、それがはっきり出た例があります。少し寄り道しますが、同じ話です。
AIの性能は、ベンチマーク——性能を測る共通試験——の点数で語られます。新しいモデルが出るたび、点数が並び、順位がつきます。
2026年2月、オープンAIが、その試験の一つを「もう使わない」と発表しました。 コードを書く能力を測る試験として、業界で最も広く使われていたものです(SWE-bench Verifiedという名前です。以下では「この試験」と書きます)。作ったのは、オープンAI自身です(2024年8月公開)。
作って、業界標準にして、使っていた側が、自分で降りました。
きっかけは、点数が伸びなくなったことでした。
過去6か月で74.9%から80.9%へと改善しました。これは次の疑問を提起します。つまり、残りの失敗は、モデルの限界を反映しているのか、それともデータセット自体の特性を反映しているのかという疑問です。
「解けない問題が残っているのは、AIが賢くないからか。それとも、問題のほうがおかしいのか。」
調べた結果、公開された理由が二つあります。
一つ。問題のほうが、壊れていました。
オープンAIのo3というモデルが、64回やって一度も解けなかった問題を138問選び、それぞれを6人以上の経験あるソフトウェア技術者が、個別にレビューしました。
その59.4%——およそ6割に、テストか問題文そのものに、重大な欠陥がありました。
内訳も公開されています。
- 35.5%:テストが特定の書き方を強制していた。機能としては完全に正しい答えが、書き方が違うという理由で不正解にされていた
- 18.8%:テストが、問題文に一言も書かれていない機能まで要求していた
- 5.1%:その他
「AIが解けなかった問題」だと思われていたものの6割近くが、そもそも解けない問題でした。
二つ。答えが、漏れていました。
この点について、発表はこう説明しています。
テスト前に生徒に次のテストの問題と解答を共有するようなものです。彼らは答えを暗記しないかもしれませんが、事前に答えを見たことのある生徒は、そうでない生徒よりも確実に良い成績を収めるでしょう。
問題は、インターネット上に公開されているプログラムから作られています。そして、AIはインターネット上の文章を読んで学習します。
試験問題と模範解答が、勉強の教材の中に入っていました。
GPT-5.2(オープンAI)。Claude Opus 4.5(アンソロピック)。Gemini 3 Flash(グーグル)。
試したすべての最上位モデルが、模範解答そのものか、問題文の具体的な中身を、一字一句そのまま再現できました。会社をまたいで、全社です。
このうちClaudeは、当社が毎日使っているものです。 他人事として書いていません。
そして——「解けないはず」と判定された問題を、GPT-5.2は31問、解いています。
どうやって解いたかも公開されています。 ある問題では、テストが edit_only という設定項目を要求していました。問題文には、一言も書かれていない項目です。 それでもGPT-5.2は、考えている途中の記録の中で、その項目がDjango(ウェブサイトを作るのに広く使われている部品集)の4.1という版で導入されたものだと、正しく言い当てています。
問題を解いたのではありません。答えを知っていた、というほうが近いと思います。
そして、発表の結論です。
SWE-bench Verified における改善が、モデルの現実世界でのソフトウェア開発能力における有意義な改善をもはや反映しないことを意味します。その代わりに、それらはトレーニング時にモデルがベンチマークにどれだけさらされていたかをますます反映するようになっています。
点数が上がっていたのは、能力が上がったからではありませんでした。 その試験に、どれだけ触れたことがあるかを、測るようになっていたのです。
では、どうするのか。ここも公開されています。
オープンAIは、代わりに SWE-bench Pro という別の試験を使うことを勧めています。まだ答えが漏れていないからです。
そして、それとは別に、自社では GDPVal というものに投資している、と書いています。問題を、専門家が非公開で作る試験です。
タスクはドメインの専門家によって非公開で作成され、露出リスクが軽減され
——「露出リスク」とは、問題が外に漏れて、勉強の教材に混じってしまう危険のことです。
答えが漏れるなら、問題を公開しなければいい。 そこまで戻りました。
ここまでは、一つの試験の話です。ですが、もっと大きい問題があります。
試験が正しく作られていたとしても、測っている場所が、ずれていることがあります。
スタンフォード大学の年次報告に、こうあります。
AIは国際数学オリンピックで金メダルを取れる。それなのに、時計を正しく読めない。
グーグルの Gemini Deep Think が、数学オリンピックで金メダル相当の成績を出しました。世界中の高校生の頂点が競う試験です。
その一方で、同じ報告によれば、最高性能のモデルがアナログ時計を正しく読めたのは、50.1%でした。
2回に1回は、間違えます。
研究者はこれを「ぎざぎざのフロンティア」——AIにできることの端の線が、山と谷でぎざぎざになっている——と呼んでいます。能力が均一に伸びない。突き抜けたところと、すっぽり抜けたところが、同じモデルの中に同居している。
本紙のVol.17で、同じ形を書きました。
組織の実力は尖ったところで測られ、事故は低いところで起きる。
AIも、同じでした。
そして、試験が測るのは、尖ったほうです。仕事で詰まるのは、抜けたほうです。
これは、あらゆる数字に効きます。
売上が横ばいの会社で、「今年は何も起きなかった」と言えるでしょうか。伸びた商品と落ちた商品が、たまたま同じ大きさだっただけかもしれません。 合計だけを見ていると、その二つは永遠に見えません。
人が増えも減りもしていない会社で、入った人と辞めた人が同数だったかもしれません。「変化なし」と書いた帳簿は、間違っていません。ただ、何も語っていません。
職種によって符号が逆、ということ
そして、内訳が見えると、次の問いが変わります。
「AIで仕事は減るのか、増えるのか」——この問いには、答えがありません。 職種によって符号が逆だからです。
保険金請求の事務は減り、建設現場の監督は増える。同じAI、同じ年に、逆方向です。
分かれ目は、①に出ていました。
- その仕事の中心にある作業の、大半をAIが処理できてしまうか
- 人の判断・その場にいること・専門性が、どうしても残るか
増える側に挙がっていた3つを、もう一度見てみます。何が残っているかが、それぞれ違います。
- 弁護士——残っているのは、判断と、その判断に責任を持つこと
- 建設現場の監督——残っているのは、その場に、体があること
- 医師——残っているのは、専門性と、手を動かすこと
本紙のVol.09で「AIは動いている。で、何かあったら誰が謝りに行くのか」と書きました。 弁護士がこちら側にいるのは、そういうことだと思います。AIは意見を出せますが、その意見に責任を持てません。
そして——中小企業の多くは、二番目に近い場所にいます。
現場がある。物がある。人が来る。誰かがその場にいなければ、そもそも始まらない仕事です。
これは、置き換えられにくいということです。 そして同時に、その場にいる人が足りなければ、仕事が受けられないということでもあります。①の別の調査で、データセンター(AIを動かすコンピュータを何万台も並べて置く巨大な建物)の建設に人手が要ると出ていたのは、この形です。
これは「職業」の話ではなく、「その仕事が何でできているか」の話です。
同じ職名でも、会社によって中身は違います。あなたの会社のその仕事は、どちらに近いのか。 問いは、そこまで降りて初めて意味を持ちます。
歴史は、この混同を繰り返しています
「減った量」と「差し引き」を混同する。 これは、新しい間違いではありません。
機械が工場に入ったとき、同じ議論がありました。 織機が職人の仕事を奪った——これは事実です。そして同時に、機械を作る仕事、動かす仕事、直す仕事、運ぶ仕事が生まれました。
当時も、消えるほうが先に見えました。 消える仕事には名前と顔があり、生まれる仕事には、まだ名前がついていなかったからです。
そして、もう一つ、理由があります。
消える側は、自分が消える側だと知っています。 仕事が無くなるのは、本人にはっきり分かります。
増える側は、自分が増える側だと知りません。
データセンターを建てている作業員が、「自分はAIのおかげで仕事が増えた」と思っているでしょうか。思っていないと思います。現場が忙しい、というだけです。
減った側は「減った」と報告されます。増えた側は「忙しい」としか言われません。
そして、「忙しい」は、集計されません。
今回も、同じ形が出ています。
①の後半に挙げた別の調査では、データセンターの建設に関わる建設職が、2022年から216,000人増えています。 そして2030年までに、電力の需要を満たすために約50万人の新規雇用が要ると見込まれています。
AIのせいで人が減る、という話の裏側で、AIのために建設現場の人手が足りなくなっています。
どちらも本当です。そして、両方を数える人が、これまでいませんでした。
ただし、楽観の話ではありません
「増えている側もあるから大丈夫」と読まれると、本号は失敗です。
差し引きは、マイナスです。 25,000と9,000なら、消えるほうが大きい。そして、消えた仕事の人が、生まれた仕事にそのまま移れるわけでもありません。
保険金請求の事務をしていた人が、翌月からデータセンターを建てるわけではない。符号が逆の二つの流れは、同じ人の中では繋がっていません。
そして、その断絶がいちばん深いところに、経験の浅い層がいます。 ①に書いた、AIに置き換えられやすい仕事ほど新人と経験者の賃金の差が約3.3ポイント開いていた、というのは、そういう数字です。
ここまで書いてきて、正直に足しておきたいことがあります
①の数字そのものが、いま争われています。
ブルッキングス研究所が、この分野の研究を並べて、こう書いています。
AIが今日の労働市場にどう影響しているかについての証拠は決定的ではなく、特定の労働者集団への有害な影響についての主張は時期尚早である。
研究同士が、食い違っています。
- スタンフォードのブリニョルフソンらは、給与計算会社の実データを使い、AIに置き換えられやすい職ほど、若手の雇用が減っていると出しました
- 別の研究者たち(エックハートとゴールドシュラグ)は、政府の労働調査を使って、逆の結果を出しています。AIに置き換えられやすい職のほうが、失業の増え方が小さかった、と
- さらに別の研究(イスチェンコとミレット)は、求人の減少が2022年から始まっていたと指摘します。ChatGPTが出る前です。 そしてAIの普及よりも、金利の上昇のほうが、求人の動きとよく揃っている、と
同じ現象を、違うデータで測ると、逆の符号が出ています。
そして、この整理の中に、経営者にいちばん刺さる指摘があります。
「AIのせいだ」と言いたくなる理由が、私たちの側にある、というものです。
ブルッキングスは二つ挙げています。
一つ。研究する側も、AIを毎日使っています。 自分が触れているものは、原因に見えやすい。
二つ。こちらのほうが重いと思います。
CEOには、パンデミック期の過剰採用を認めるより、採用凍結や解雇を「AIのせい」にするインセンティブがある。
「AIで人が要らなくなりました」は、言いやすい。
「採りすぎていました」は、言いにくい。
どちらも同じ人数の削減を説明できます。そして、片方だけが自分の判断ミスを認めることになります。
本紙のVol.17で、こう書きました。
話の階層を上げると、議論は立派になり、当面やることが無くなります。
これは、その裏返しです。 原因を外に置くと、説明が済んでしまいます。
「AIのせい」も「AIのおかげ」も、同じ形です。
②の芯を、一行にします。
差し引きの数字は、正しい。ただし、中で何が起きているかを、一つも語らない。
二本目の物差しを持たない限り、増えている側は「無い」ことになる。
そして、物差しを増やしても、答えは割れる。そのとき人は、自分に都合のいい説明を選びます。
③ 経営者の自分事 — 私は、自分の差し引きしか見ていませんでした
この号は、自分の話から書くしかありません。
Vol.16で、私はこう書きました。 当社ではAIに仕事を任せることで、工数が減っている、と。
Vol.18で、私はこう書きました。 使っているAIが次々に入れ替わり、そのたびに直す工数が増えている、と。
どちらも本当です。同じ会社の、同じ期間の話です。
そしてVol.18で、私はこう書きました。
減った分のほうが大きいから続けている、というだけの話です。
これが、まさに差し引きでした。