2026年8月3日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
まず、経営者6,000人に聞いた調査から始めます。
2025年11月から2026年1月にかけて、四つの研究チームが、まったく同じ設問で調査を行いました。 アトランタ連邦準備銀行、イングランド銀行、ドイツ連邦銀行という三つの中央銀行と、オーストラリアのマッコーリー大学です。答えたのは、米国・英国・ドイツ・オーストラリアの社長、財務のトップ、そしてその下で財務を預かる責任者クラス、あわせて約6,000人。
結果は、こうでした。
過去3年間で、AIが雇用に影響を与えていないと答えた経営者が、9割を超えました。 そして労働生産性——働き手一人あたりが、どれだけ生み出すか——への影響も無かった、と答えたのが89%。
使っていないから、ではありません。この4カ国の企業の69%が、AIを何らかの形で使っています(米国78%、オーストラリア59%)。文章を作るAIに限っても、41%が使っている。
使っている。それで、9割が「何も変わらなかった」と答えている。
ところが、同じ調査に、もう一つの問いがありました。今後3年間はどうか、です。
同じ人たちが、こう答えています。
- 労働生産性は、平均1.4%上がる
- 雇用は、0.7%減る
- 差し引きで、会社が生み出す量そのものは0.8%増える
過去3年は「何も無かった」。これからの3年は「効く」。 これを、同じ経営者が、同じ調査票の中で答えています。
次に、経済学者の側を見ます。
2026年7月14日、200人を超える経済学者が、共同で声明を出しました。署名者には、ノーベル経済学賞の受賞者が16人含まれています。表題は「We Must Act Now」——いま動かなければならない。
その中で、バージニア大学のアントン・コリネック教授が、こう言っています。
私たちは霧の中を運転している。次に何が起きるかを見通すのは、極めて難しい。
測れていない、と専門家の集団が、公に認めたわけです。
MITのダロン・アセモグル教授——2024年のノーベル経済学賞を受けた人です——が、2024年5月に、AIが今後10年で経済全体の生産性をどれだけ押し上げるかを試算しました。
答えは、10年で0.66%。
10年で、です。年に直せば、ほとんど誤差の中に沈む数字です。
この試算は、2年経ったいまも、上方修正されていません。
この2年で、AIの性能は何度も跳ね上がりました。それでも、経済全体を押し上げる量の見積もりは、動いていない。
ここで、さきほどの経営者の予測と並べてみます。
経営者は、<strong>これからの3年で1.4%</strong>と答えました。アセモグル教授の試算は、<strong>これからの10年で0.66%</strong>です。
1.4%を3年で割れば、年およそ0.5%。0.66%を10年で割れば、年およそ0.07%。期間をそろえると、経営者のほうが、経済学者の7倍ほどを見込んでいることになります。
⚠️ 厳密に言えば、この二つは測っているものが違います(経営者が答えたのは、働き手一人あたりがどれだけ生み出すか。アセモグル教授が試算したのは、人も設備も段取りも全部ひっくるめて、国全体がどれだけ上手に回っているか。別の物差しです)。そのまま引き算できる数字ではありません。
それでも、桁が違うということは言えます。現場にいる当事者と、外から測っている観測者とで、見込みが一桁ずれている。
ところが、はっきり動いている場所もあります。
同じ声明の中心にいるMITのエリック・ブリニョルフソン教授は、460万人の働き手の動きを毎月追いかける画面を作りました(ダッシュボード=数字を一覧に並べて、いつでも見られるようにしたもの)。
そこには、こう出ています。
AIの影響を強く受ける職種で、22〜25歳の雇用が、年4%以上のペースで減っている。
Vol.14で、入口の仕事が消えた話を書きました。あのとき使った調査の、その後の姿がこれです。 毎月更新される観測になっています。
並べます。
- 使っている当人たち(経営幹部6,000人)は、7割近くがAIを使い、9割が「過去3年、影響は無かった」と答えている
- その同じ人たちが、「これからの3年では効く」と答えている
- 経済学者200人は「測れていない」と認めた
- 経済学者の見積もりは、経営者の見込みより一桁小さく、しかも2年間、動いていない
- それでも、周縁——若手の入口——だけは、はっきり動いている
「AIに効果があるのか、無いのか」という問いには、ここでは立ち入りません。 上の4つは、どれも同時に事実です。この号で見たいのは、なぜこの4つが同時に成り立つのか、のほうです。
出典:
- 【一次・2026-08-03 確認済】経済学者声明「We Must Act Now」(2026年7月14日/署名200人超・ノーベル賞受賞者16人)/Anton Korinek(バージニア大学)の発言
- 「We are driving in the fog, and it is extraordinarily difficult to anticipate what will happen next.」
- Erik Brynjolfsson の Canaries Dashboard=460万人の労働者を追跡。AI関連職種の22〜25歳が年4%以上の雇用減。
- https://fortune.com/2026/07/13/we-must-act-now-economists-ai-productivity-driving-in-fog-flying-blind/
- 【一次・2026-08-03 確認済】4カ国合同の経営者調査(約6,000人)
- 実施=アトランタ連邦準備銀行/イングランド銀行/ドイツ連邦銀行/マッコーリー大学の研究チームが、同一の設問で実施。⚠️ NBERは公表媒体であって、調査主体ではない。
- 実施時期=2025年11月〜2026年1月。 回答者=CEO・CFO・シニア財務管理者、約6,000人(うち米国が約3,000人)/米・英・独・豪。
- 過去3年:雇用への影響なし=90%超/労働生産性への影響なし=89%(⚠️ 雇用と生産性は別々の数字。 「9割が両方に影響なしと答えた」と丸めない)
- 今後3年の予測:労働生産性+1.4%/雇用−0.7%/産出+0.8%(平均)
- AI利用率=4カ国全体69%(米78%が最高/豪59%が最低)。テキスト生成AIの利用は41%。
- NBER Digest「Global Evidence on Business Use of AI」 https://www.nber.org/digest/202605/global-evidence-business-use-ai
- 元論文=NBER WP w34836「Firm Data on AI」(Ivan Yotzov, Jose Maria Barrero ほか) https://www.nber.org/papers/w34836 / PDF: https://www.nber.org/system/files/working_papers/w34836/w34836.pdf
- ⚠️ Fortune(2026-02-17)が伝えた「約3分の2が使用、ただし週1.5時間」「25%は全く使っていない」は、一次で確認できなかった(利用率は69%=不使用は31%で、25%と合わない)。本文では使わず、一次の69%・78%・59%・41%に差し替えた。
- Fortune記事(二次・ソローパラドックス再燃の文脈) https://fortune.com/2026/02/17/ai-productivity-paradox-ceo-study-robert-solow-information-technology-age/
- 【一次・2026-08-03 確認済/②で使用】NBER WP w34984「Artificial Intelligence, Productivity, and the Workforce: Evidence from Corporate Executives」(2026年3月/アトランタ連銀WP 2026-04)
- ⚠️ 上の6,000人調査とは別物。 著者=Baslandze, Edwards, Graham, McClure, Meyer, Sparks, Waddell, Weitz。サンプルは約750人の経営幹部。
- 「We document a productivity paradox, in which perceived productivity gains are larger than measured productivity gains.」=感じている生産性向上のほうが、測れる生産性向上より大きい。
- 他に=生産性向上は業種で差があり、高スキルのサービス業と金融に集中/大企業はAIによる人員削減を見込み、中小企業は微増を見込む(⚠️ Vol.02「規模で符号が逆」の裏付けになりうる。別号の種)/定型的な事務職が減り、技能を要する技術職の相対需要が増える。
- https://www.nber.org/papers/w34984 / https://www.atlantafed.org/research-and-data/publications/working-papers/2026/03/25/04-artificial-intelligence-productivity-and-the-workforce-evidence-from-corporate-executives
- 【一次・2026-08-03 確認済】Daron Acemoglu「The Simple Macroeconomics of AI」(NBER Working Paper w32487/2024年5月)
- 10年間で全要素生産性(TFP)の上昇は0.66%を超えない。 条件次第では0.53%未満とも試算。
- 根拠=米国の労働タスクのうちAIに晒されているのは約20%、そのうち収益的に自動化できるのはさらに少数。
- https://www.nber.org/papers/w32487 / https://economics.mit.edu/sites/default/files/2024-04/The%20Simple%20Macroeconomics%20of%20AI.pdf
- 【一次・2026-08-03 確認済】Robert Solow の原典
- 「You can see the computer age everywhere but in the productivity statistics.」
- 出典=New York Times Book Review, 1987年7月12日, p.36(書評「We'd better watch out」)。 ⚠️ ネット上の多くが New York Review of Books と誤記しているが、当該日にその号は存在しない。
- https://standupeconomist.com/solows-computer-age-quote-a-definitive-citation/
- 【一次・2026-08-03 確認済】Brynjolfsson & Hitt「Beyond Computation: Information Technology, Organizational Transformation and Business Performance」(2000)
- IT投資と意思決定の分権化を組み合わせた企業は、技術だけに投資した企業の3〜5倍の生産性向上を得た。
- 生産性への寄与は5〜7年の長期で見ると最大5倍(組織資本という補完的投資に時間がかかるため)。
- 1990年代の再設計の波のスローガン=「Don't Automate, Obliterate(自動化するな、壊せ)」。
- https://faculty.wharton.upenn.edu/wp-content/uploads/2012/04/Beyond-computation.pdf
- ※
inbox/2026-08-03.mdにあった「タスク単位14〜55%」「パイロットの95%が失敗」は、出典記事に記載が無かったため本文で使っていない(別の調査が混入した可能性がある。使うなら一次を当て直す)。
② 構造 — 効いている場所と、測っている場所が違う
この形には、名前が付いています。
1987年、経済学者のロバート・ソローが、書評の中でこう書きました。
コンピュータ時代は、どこにでも見える。生産性統計の中を除いては。
会社にはコンピュータが入り、机の上にも並んでいる。それなのに、国全体の生産性の数字だけが動かない。 これが「ソローの逆説」と呼ばれるようになりました。
そして、いまとまったく同じことが言われていました。「導入は進んでいる。数字に出ない。」
では、40年前は、どう決着したのか。
生産性の数字は、1990年代の後半になってようやく動きます。遅れて効いたわけです。
ここまでなら、よくある結論です。「時間がかかるだけだ」「そのうち出る」。実際、いまのAIについても、同じ説明がいちばん多く語られています。学習に時間がかかる。使いこなしに時間がかかる。だから待てばいい。
ですが、当時の研究が示したのは、そこではありませんでした。
MITのエリック・ブリニョルフソンら——そう、いま460万人を毎月追いかけている、あの人です——が2000年に出した研究に、はっきり書かれています。
技術に投資しただけの会社と、技術と一緒に「決め方」を組み替えた会社では、生産性の伸びに3倍から5倍の差が出た。
同じ時期に、同じ道具を入れて、片方だけ数字が動いた。 違ったのは、道具ではなく、仕事の組み立てを作り直したかどうかでした。
当時、この動きを表す言葉が流行っています。
Don't Automate, Obliterate.(自動化するな、壊せ。)
いまある手順をそのまま速くしても、数字は動かない。手順のほうを作り直したときに動く、という意味です。
40年前と同じことが起きているのなら、答えも同じでいいはずです。「組み立てを作り直した会社だけが、数字を得る」。
ですが、今回はもう一段あります。40年前には無かった一段です。
その仕事は、もう社内にありません。
順に見ます。
40年前、コンピュータを入れたのは、その仕事をやっている本人の会社でした。経理の部屋に機械が来て、経理の人が使う。効率化が起きる場所と、それを測る場所は、同じ建物の中にありました。
いまは、違います。
システムの保守、更新、問い合わせへの対応。この種の仕事の多くは、いま社外に出ています。 発注側の帳簿に載っているのは、「外注費」という一本の線だけです。
その一本の線の内側で、何時間かかっているのか。発注側には、見えません。 見えないというより、最初から測っていません。 測る必要が無いからです。払っているのは金額であって、時間ではありませんから。
そして、効率化はその線の内側で起きています。
外注先の中でAIが入り、工数——その仕事に、何人が何時間かかるか——が減る。減っているのは事実です。 ですが——
- 発注側の数字:外注費は変わっていない。何も起きていない
- 外注先の数字:会社が小さいので、国の統計には点にもならない
どちらの帳簿にも、「効率化」として現れません。
そして、この「ズレ」そのものを記録した調査があります。
同じ2026年3月に、アトランタ連銀の研究チームが、別の調査——約750人の経営幹部に聞いたもの——を出しています。そこに、こう書かれています。
感じられている生産性の向上のほうが、測定された生産性の向上より大きい。
これは「気のせいだ」という話ではありません。 感覚のほうが正しくて、測り方が追いついていないという可能性が、同じくらいあります。むしろ、いま見てきた「外注の線」を考えれば、測り方のほうが遅れているという読みのほうが自然です。
ここで、①の数字に戻ります。
6,000人の経営幹部の、9割が「過去3年、影響は無かった」と答えました。
この9割は、たぶん正確です。
自社の従業員数を見て、自社の売上を見て、自社の作業時間を見た。そこに変化が無かった。 見たとおりを答えているだけで、嘘も勘違いもありません。もし効率化が外注の線の内側で起きているなら、自社の中に変化が無いのは当然です。
間違っているとすれば、回答ではなく、そこから引き出される結論のほうです。
「9割が影響なしと答えた」→「AIはまだ効いていない」。この矢印が、成り立ちません。
Vol.13で、こう書きました。調査への回答も、一次史料です。 集計が示すのは、回答の分布であって、実態ではありません。 9割が「影響なし」と答えたことが証明しているのは、そう答えた人が9割いたということだけです。
そして、その9割が見ていたのは、自分の会社の中です。
外に出している仕事の中で何が起きているかは、この問いでは、聞かれていません。
ここで、①のもう一つの数字が効いてきます。
同じ人たちが、「これからの3年では効く」と答えていました。
過去については「何も無かった」。未来については「1.4%上がる」。同じ調査票の中に、この二つが並んでいます。
では、その「これから効く」という見込みは、どこから来たのでしょうか。
自分の会社の中を見た結果ではありません。 中を見た結果は、「何も無かった」のほうです。
つまり——「無かった」は自分の目で見た報告で、「これから効く」は、外から入ってきた話です。 報道、他社の事例、営業を受けた提案。同じ調査票の中で、観測と期待が並んでいる。
これが、コリネック教授の言う「霧」の中身だと思います。
見えているものは、正確です。見えていない範囲があることだけが、見えていません。
芯を、一行にします。
AIを入れていない会社にも、AIはもう入っています。自社の中ではなく、買っているものの中に。
そして、それは請求書には現れません。 金額が同じだからです。
変わっているのは、同じ金額で返ってくるものの中身のほうです。
ここで、もう一つ考えることがあります。
外注先の工数が減ったのなら、その分は、どこへ行くのか。
行き先は、三つしかありません。
- 値下げする(発注側に返す)
- 利益として取る(受注側に残す)
- 別のものに振り替える(同じ金額で、返すものの中身を厚くする)
どれを選ぶかは、受注側の判断です。 そして発注側からは、どれが選ばれたのかが見えません。 請求書は、三つとも同じ顔をしています。
1番が選ばれれば、統計に出ます。 値段が下がるので、同じ支出でより多くを買ったことになる。2番と3番は、統計に出ません。
つまり——数字に出るかどうかを決めているのは、技術ではなく、取引の形です。
40年前の「組み立て直せ」が、今回はもう一段外側で必要になっている、ということです。社内の手順を組み直すだけでは足りません。会社と会社のあいだの、頼み方のほうを組み直さないと、果実はそこに留まったままになります。
③ 経営者の自分事
ここから、自分の話を書きます。ただし、先にお断りしておくことがあります。
私は、受け取る側です。 ②に書いた「外注先」というのは、当社のことです。これから書くことは、私自身の利害と衝突します。 そのうえで書きます。