2026年7月28日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
この一ヶ月で、ソフトウェアを「作る」ことをめぐって、三つの動きが同時に出ました。
一つ目。作る道具そのものが、安くなっています。
7月24日、Anthropicが新しいモデル「Claude Opus 5」を出しました。最上位モデルに迫る性能が、半分の価格で出てきた形です。同じ時期にxAIも新モデルを投入し、3週間で4つのフロンティアモデル(各社が競う最先端の大規模AI)が続けて出る状態になりました。
注目すべきは、競争の中身が変わったことです。性能で殴り合う段階から、同じ性能をより安く出す段階へ移りつつある。
二つ目。業界の評価軸が、「作れるか」から「統治できるか」へ移りました。
調査会社のGartnerが、企業向けのAIコーディングエージェント(人が逐一指示しなくても、自分で手順を判断してプログラムを書くAI)について、新しい評価の枠組みを発表しました。ここで注目すべきは順位ではなく、何で評価するかが変わったことです。
Gartner自身が、評価の基準を変えたと明言しています。従来は「コードの補完精度」や「開発ツールとの統合」でした。新しい基準は、いくつものAIに手分けさせて、順番どおりに最後まで走らせられるか。誰がどのAIに何をやらせたかが、後から台帳のように追えるか。企画・開発だけでなく、動き出した後の手直しまで面倒を見られるか。
結果として、AIを動かすための巨大なコンピュータ設備を持っていることが強みだったクラウド大手が、最上位の区分から外れました。設備の規模では、もう上位に立てない。
三つ目。作った分だけ、請求が来る形になりました。
GitHub Copilotが6月1日、月ごとに使える回数が決まった定額枠を廃止し、使った量に応じた従量課金へ全面的に移行しました。1クレジット=0.01ドル。月10ドルのプランには15ドル分が付きます。開発者からは「同じ値段で、前より少なくしか使えない」という反発が出ています。
そして、作られるものの中身も変わります。特定の仕事に特化したAIエージェントを組み込んだ企業向けソフトの割合は、2025年の5%未満から、2026年末には40%になると予測されています。
並べてみます。
- 作る道具は安くなった
- 作れること自体は、もう評価の中心ではない
- 作った分だけ、請求が来る
出典:
- フロンティアモデルの相次ぐ投入と価格競争(Claude Opus 5・Grok 4.5) https://news.bitcoin.com/ai-giants-unleash-4-frontier-models-in-3-weeks-as-the-race-enters-overdrive/
- 企業向けAIコーディングエージェントの評価枠と基準の変更(Gartner) https://www.gartner.com/en/articles/enterprise-ai-coding-agent-market / https://virtualizationreview.com/articles/2026/06/05/ai-firms-push-cloud-giants-from-leaders-quadrant-in-gartner-ai-coding-report.aspx
- GitHub Copilotの従量課金への全面移行 https://github.blog/news-insights/company-news/github-copilot-is-moving-to-usage-based-billing/ / https://github.blog/changelog/2026-06-01-updates-to-github-copilot-billing-and-plans/
- 企業アプリの40%予測(Gartner公式プレスリリース) https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2025-08-26-gartner-predicts-40-percent-of-enterprise-apps-will-feature-task-specific-ai-agents-by-2026-up-from-less-than-5-percent-in-2025
② 構造 — 同じ前提から、日本と米国は逆の答えを出した
システムの話になると、こういう言い方を聞いたことがあると思います。
「パッケージに寄せろ」
既製のソフトを買って、自社の業務のほうをそれに合わせる。独自に作り込まない。——ただし、これは日本の常識ではありません。
これは米国で主流のやり方です。向こうの会社は、既製のソフトをそのまま使い、業務のほうを製品に合わせます。日本に入ってきたときには、常識というより処方箋の形をしていました。「日本の会社はカスタマイズしすぎだ、あちらのように寄せるべきだ」という。
そして日本の会社は、そうしませんでした。
パッケージを買っても、大幅に作り変える。あるいは最初から独自に作る。「うちの業務は特殊だから」と言いながら、自社の形に合わせたものを作ってきた。これが日本の実態です。 処方箋は何十年も出され続け、その間ずっと、実際には守られていません。
なぜ、そうなったのか。
日米は、同じ前提の上に立っていました。
前提は一つです。作るのは高い。
独自に作れば人がかかります。要件を決める人、作る人、試す人。作った後も直す人がいり続ける。この前提は、日本でも米国でも同じでした。
同じ前提から、二つの違う結論が出ました。
- 米国——高いなら、作らない。業務のほうを既製品に合わせる
- 日本——高いなら、一度しか作れない。だから、じっくり作って、あとは大事に使い続ける
どちらも、その前提の下では正しい最適化です。
そして、パッケージに寄せることには、費用以外の効き目もありました。
人が動けるようになることです。
既製のソフトを標準のまま使っていれば、その使い方は世の中の共通語になります。求人に書ける。経験者が存在する。 入ってきた人は、前の会社と同じ画面を見る。教材も外にあります。辞められても、代わりが見つかる。
独自に作ると、ここが全部、逆になります。 求人に書けることがない。経験者もいない。教えられるのは社内の誰かだけ。そしてその誰かが辞めたら、止まる。
どちらにも、良い面と悪い面があります。寄せれば、業務が製品の形に合わせて歪む。寄せなければ、人が替われなくなる。
ところが、この話は長いあいだ、別の形で流通してきました。
「日本の会社はカスタマイズしすぎだ」「だから生産性が上がらない」——米国のやり方をお手本に置いて、日本の遅れを説明する。この語り口は、何度も聞かされてきたはずです。いまでも、クラウド型ソフトの利用数が日米で桁違いだという数字とともに、「日本は7年遅れている」といった形で語られます。
この点を正面から調べた研究があります。
経済産業研究所(RIETI)が2010年に出した研究が、日米の差をまず確認しています。日本企業はカスタムソフト(自社向けに作るソフト)を使い続けている。一方米国では、その20年以上前に、カスタムは主流の座を降りていた。 ここまでは、よく聞く話のとおりです。
違ったのは、結論でした。
生産性の高い企業ほど、カスタムソフトを採用していたというのです。理由として挙げられているのは、カスタムならその会社固有のノウハウを生かすように設計できること。
16年前の研究です。この構造の差は、いまも続いています。
つまり、「カスタムだから遅れている」ではありませんでした。
Vol.08で、こう書きました。
物差しを持たない側は、相手の物差しで測られる。
業界で流通する指標と、自社の粗利を実際に動かす変数は、別のものである。
「パッケージに寄せる」は、米国の条件の下で出た答えでした。それが「ベストプラクティス(最善のやり方)」という名前をつけて輸入されると、答えではなく物差しに変わります。「7年遅れ」という言い方そのものが、その物差しの上でしか成り立ちません。
そして①で見たとおり、いま動いているのは、その物差しの根拠のほうです。
——ここで「だから日本のやり方が正しかった」と言いたくなります。そこには行きません。 向きを変えただけで、やっていることは同じだからです。日本型には、日本型の問題が実際にありました。
では、その問題は何だったのか。
作り直せなくなったことです。
高い金を払って作ったものは、簡単には作り直せません。もう一度同じ額がかかるからです。だから業務が変わっても、システムは変わらない。やがて、業務のほうがシステムに合わせて曲がっていきます。
ここで、Vol.08で書いた構造がそのまま出てきます。
線が引かれると、産業はその内側の縁に集まる。
パッケージに寄せた会社は、製品の標準機能という線の内側にいます。独自に作った会社は、自分で引いた線の内側にいます。線の出どころが違うだけで、張り付いていることは同じです。 そしてどちらの場合も、線は「そこまではやってよい」と同時に「そこまではやりなさい」になる。
Vol.10で、こう書きました。
判断は残る。判断の前提は、残らない。
日本の独自システムは、この構造を最も強い形で実装したものでした。当時の業務のやり方が、そのままプログラムとして固定される。何年か経てば、なぜその順番なのか、なぜその項目が要るのかを知る人はいなくなります。それでも、動いているので、そのまま使われ続ける。
つまり、日本で本当に起きた問題は、こうです。
独自に作ったことではありません。作り直せなかったことです。
歴史の中で、同じ形は何度も出ています。服を考えてください。かつて服は仕立てるものでした。既製服が普及したのは、生地と縫製が安くなったからです。「体に合わせて作るのは高い」は、その時代の事実であって、法則ではありませんでした。
「作るのは高い」も、同じ種類の言葉です。技術で動く変数であって、法則ではない。
そして①で見たとおり、その変数が動いています。作る道具の値段は下がり続けている。
前提が動くと、日米の両方で、結論の根拠が消えます。
- 米国型の「だから作らない」——作る理由が戻ってきます
- 日本型の「だから一度しか作れない」——何度でも作り直せるようになります
日本にとって効くのは、後者のほうです。作れるかどうかは、もともと問題ではありませんでした。作ってきたのだから。変わるのは、作り直せるかどうかです。
ここまでなら、いい話です。
①の二つ目と三つ目を、もう一度見てください。
業界でいちばん目立つ物差しが、「作れるか」から「統治できるか」へ移りました。 複数の手順を連携させて回せるか。権限と記録を管理できるか。企画から保守まで面倒を見られるか。これは全部、作った後の話です。
そして請求は、作った分だけ来るようになりました。作るのが安くなれば、作る量は増えます。一つあたりが安くなっても、総額は膨らみます。
つまり、こうです。
作るコストは下がった。動かし続けるコストは、下がっていない。
むしろ悪くなる方向です。作るのが安くなるほど、仕組みは増える。Vol.09で書いたとおり、決めていないことは組織が動いている限り自然に生まれ続けます。 仕組みが増えれば、決めていないことも増える。Vol.10で書いたとおり、その場しのぎの解ほど、理由が残らないまま定着します。
問題は解けたのではなく、移動しました。
「作れるか」から、「作り直し続けられるか」へ。
そして「作り直し続けられるか」は、道具の話ではありません。人の話です。 作り直せる人が、そこにい続けるかどうか。②の前半で見たとおり、独自でやるということは、その人が替われないということでもありました。
ここで、いま日本の中小企業がいちばん困っていることに、話がつながります。人が採れない。育てる余裕がない。辞められると回らない。 ——独自でやることの代償は、作り直せないことだけではありませんでした。人を入れ替えられないことのほうが、いまは重い。
これがVol.01で立てた旗——作ることは安くなった。動かし続けることが希少になった——の、システムの作り方としての姿です。累積とは、ストックが増えることではなく、ループが回り続けていることでした。日本の独自システムは、大きなストックを作って、ループを止めた形だったことになります。
②の出典:
- 日本企業のカスタムソフト偏重と生産性の関係(田中辰雄「日本企業のソフトウエア選択と生産性-カスタムソフトウエア対パッケージソフトウエア-」RIETI ディスカッションペーパー 10-J-027) https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/10040008.html
- 日米のSaaS・クラウド利用の差と「7年遅れ」の語り口(参考・二次) https://be-marke.jp/articles/tips-mer-saas1 / https://note.com/dj141/n/neb88d3846e74
③ 経営者の自分事
先に、自分の話を白状しておきます。
私は、独自に作る側で来ました。 日本の多くの会社と、同じ側です。
ただし、これは自慢になりません。先を読んでいたのではなく、前提が違っただけだからです。私は自分でシステムを作ります。いまお読みいただいているこの媒体も、登録から配信までの仕組みは自分で作ったものです。 だから「作るのは高い」が、私には当てはまらなかった。その常識の適用範囲の外にいた。 それだけです。
そして、違いは「作ったこと」ではありませんでした。
作り直し続けたことです。
私のやり方は、業務のやり方とシステムを、同時に、並行に作ります。分けません。現場で困ったことが、その日のうちに仕組みに反映される。作り直しが例外ではなく、普通の状態でした。 ②の言い方をすれば、ループが回っていた。
その代償も、そのまま自分が払っています。