2026年7月30日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
Vol.03で、「新人向けの仕事は戻らない」と書きました。
新卒・未経験向けの仕事が崩れている。一時的な行き過ぎではなく、入口そのものの経済的な根拠が消えたのだから、揺り戻しは来ない——そう読みました。
あれは、海外の記事1本に反論する形で書いたものです。 記事は「切りすぎた反省が来て、一部は戻る」と読んでいた。そこに構造で答えた。議論としては通っていますが、それだけでは裏付けになりません。
確かめられる資料が、二つあります。 一つは10億件を超える求人広告、もう一つは実際に支払われた給料の記録です。
結論から書きます。
入口の仕事は、減っていませんでした。増えていました。
ただし、増えた入口には、条件が付いていました。
順に並べます。
一つ目。世界の求人広告を10億件以上調べた調査です。
大手会計事務所のPwCが、2026年6月に出しました。6大陸・27の国と地域の求人広告を集めて、AIが仕事の中身を肩代わりしやすい仕事——書類を作る、数字をまとめる、決まった手順で文章を書く、といった作業が多い仕事——と、そうでない仕事に分けて比べています。以下、これを「AIの影響を受けやすい仕事」と呼びます。
そこで分かったことです。AIの影響を受けやすい入口の仕事のうち、「判断力」や「リーダーシップ」——これまで中堅以上に求められてきたことを要求するようになったものは、2019年から2025年で求人が35%増えました。
同じくAIの影響を受けやすい入口の仕事で、それを要求しなかったものは、10%減りました。
この二つは、どちらもAIの影響を受けやすい仕事です。 「AIに影響される仕事が減って、されない仕事が増えた」ではありません。同じ場所の中で、二つに割れました。
二つ目。要求の跳ね上がり方です。
AIの影響を最も受けやすい入口の仕事は、最も受けにくい入口の仕事に比べて、「これまで中堅以上に求められてきたこと」を要求する確率が7倍でした。
調査ではこれを「シニア化」と名付けています。新人向けの求人票に書かれる条件が、中堅の求人票の条件に入れ替わっていく、ということです。
三つ目。求人広告ではなく、実際に支払われた給料の記録です。
米国の給与計算を代行している会社の実データを使った研究があります(スタンフォード大学・2025年11月)。求人広告は「採りたい」ですが、給与記録は「実際に払った」です。 こちらのほうが強い証拠になります。
そこで見えたのはこうです。22〜25歳のソフトウェア開発者の雇用は、2022年後半のピークから2025年9月までに、約20%減りました。 同じ時期、30歳を超えた開発者の雇用は、増え続けています。
同じ職業、同じ時期。年齢だけで、逆に動いています。
四つ目。
この研究は、調整が「給料」ではなく「雇用」で起きたと書いています。
つまり——若手の給料を下げて雇い続ける、という選択が取られませんでした。 安くするのではなく、採らない。
参考に、逆側の数字も置きます。AIを専門にする職種の求人は、2024年から2025年の1年で68.9%増えました。 同じ期間、求人全体の伸びは8.6%です。AIのスキルがあることによる給料の上乗せは、平均61.9%。
並べます。
- 入口の仕事は、減っていない。増えている
- ただし増えたのは、「中堅の能力を要求する入口」だけ
- それを要求しない入口は、減った
- 調整は、値段ではなく人数で起きた
出典:
- 【一次・2026-07-30 確認済】PwC『2026 Global AI Jobs Barometer』(2026年6月公表/6大陸・27の国と地域・10億件超の求人広告/Lightcastデータを分析)
- 「The most AI-exposed entry level jobs are 7x more likely than the least AI-exposed entry level jobs to now demand traditionally senior skills」(=7倍の比較対象は「最もAI曝露の低い入口の仕事」。「AI影響業種 vs 非対象業種」ではない)
- 「Change in entry-level job postings between 2019 and 2025, seniorised vs non-seniorised roles, top AI exposure quartile, US」=seniorised +35%/non-seniorised -10%(※いずれもAI曝露が最も高い層の中での分岐。米国。「非対象の入口が-10%」ではない)
- 「From 2024 to 2025, AI specialist job postings soared (68.9% rise) while total job growth rose only 8.6%」
- 「The average AI wage premium across sectors stands at 61.9%」(16セクター平均)
- https://www.pwc.com/gx/en/issues/artificial-intelligence/job-barometer/2026/2026-global-ai-jobs-barometer-global-findings.pdf / プレスリリース https://www.pwc.com/gx/en/news-room/press-releases/2026/pwc-2026-ai-jobs-barometer.html (※pwc.comは自動取得が403。PDFを直接取得して原文を確認した)
- 【一次・2026-07-30 確認済】スタンフォード大学 Digital Economy Lab『Canaries in the Coal Mine? Six Facts about the Recent Employment Effects of Artificial Intelligence』(2025年11月/給与計算代行ADPの高頻度実データ)
- 「By September 2025, employment for software developers aged 22-25 declined nearly 20% compared to its peak in late 2022」(=基準は「2022年後半のピーク」。「2024年比」ではない)
- 「Early-career workers (ages 22-25) in AI-exposed occupations experienced 16% relative employment declines, controlling for firm-level shocks, while employment for experienced workers remained stable」
- 「Adjustments occur primarily via employment rather than compensation, with employment changes concentrated in occupations where AI automates rather than augments labor」
- https://digitaleconomy.stanford.edu/app/uploads/2025/11/CanariesintheCoalMine_Nov25.pdf
- Vol.03の種(Forbes記事・海老沢持込/2026-07-19) =
メモ/2026-07-19_エントリーレベルは戻らない.md
② 構造 — 消えたのではない。高くなった
Vol.03で、私はこう書きました。
入口の仕事は〔雑用〕と〔見習いとしての育成〕が抱き合わせになっている。AIが雑用のほうを引き受けると、この抱き合わせが割れる。だから戻らない——と。
割れる、までは当たっていました。割れた後の絵が、違っていました。
私は「入口が消える」と読んでいました。実際に起きたのは、こうです。
〔雑用〕が消えた。〔育成〕のほうも消えた。 そして、その跡に、〔育成を済ませた人だけが入れる入口〕が新しくできました。
入口の求人が35%増えた、その増えた分の正体がこれです。増えたのは「育成を済ませた人だけが入れる入口」でした。
梯子で考えると、はっきりします。
これまで、入口とはこういう場所でした。一段目に足をかける。そこは低い。誰でも足がかかる。 かけているうちに、二段目に手が届くようになる。
いま起きているのは、一段目が無くなったことではありません。
一段目が、二段目の高さに付け替えられました。
だから、求人の数だけを見ると増えています。梯子の段は、むしろ増えている。ただし、そこに足がかかる人が変わりました。 登れるのは——すでに登れる人だけです。
調査が「シニア化」と呼んでいるのは、この付け替えのことです。
では、なぜ企業はそうしたのか。ここに歴史の話が要ります。
見習いという仕組みは、なぜ何百年も成立したのか。 職人でも、商家の奉公でも、形は同じでした。若い人を置いて、飯を食わせて、何年かかけて仕込む。
親切だったからではありません。雑用に、経済的な価値があったからです。
薪を割る。水を汲む。帳簿を写す。それ自体が仕事として値段のつくものだったから、その稼ぎで、育てるコストを払えました。 育成は、雑用の売上に相乗りしていたのです。
雑用が無価値になると、育成は、純粋なコストに変わります。
相乗りしていた土台が無くなるからです。育てることの価値が下がったのではありません。育てる費用を、どこからも回収できなくなった、というだけの話です。
これは今回が初めてではありません。産業革命のとき、徒弟制度が解体されたのも同じ形でした。 機械が「見習いがやっていた作業」を引き受けた。すると、見習いを置く経済的な理由が消えた。そして、いったん切れた育成の道筋は、元の形では戻りませんでした。
今回のほうが速いだけです。
ここで、①の四つ目が効いてきます。
調整は、値段ではなく人数で起きました。
もし「若手は高すぎる」という話なら、給料を下げて雇うという道がありました。企業はそれを選んでいません。安くしても、採らなかった。
Vol.04で「お金は、経路を作らない」と書きました。ロボット税でもベーシックインカムでも、お金を動かすだけでは、人が上がっていく道筋そのものは作れない、という話です。
同じことが、企業の側でも起きています。 安く雇うのは、お金の話です。育つ道筋があるかどうかは、お金の話ではありません。 雑用という道筋が消えた以上、安くしたところで、置く場所が無い。
戦略の階層で見ると、こう整理できます。
- AIが引き受けたのは、実行層(言われたとおりに手を動かす仕事——見積書を作る、数字を転記する、指示された文章を書く)
- 残ったのは、判断層(何をすべきかを決める仕事)
- そして企業は、入口にも判断層を求めるようになった
ここに、抜けているものがあります。
判断のスキルは、どこから来るのか。
実行層で積んだ経験の上に乗ります。 何度もやって、失敗して、なぜそうするのかが身体に入る。それがあって初めて、「これは違う」と言えるようになる。判断は、判断の練習からは生まれません。
つまり——判断層への入口を要求することで、判断層の供給源が絶たれます。
いま「判断できる若手」を採れている会社は、その人がどこかで実行層の経験を積んだから採れているのです。その「どこか」が、いま塞がっています。
足りなくなるのは、今年の新人ではありません。10年後の中堅です。
Vol.13で、こういうことを書きました。
型があるものは、理由が失われても復元できる。型が無いものは、理由と一緒に失われる。
これが、ここでも効きます。
型がある領域——世の中に共通の型がある仕事なら、育成が社内で切れても、外から補えます。学校がある。資格がある。転職市場に経験者がいる。突き合わせる相手が、外にあるからです。
自社にしかない仕事は、外から補えません。
そして、中小企業の仕事の多くが、そちらです。Vol.12・13で書いたとおり、日本の会社は独自に作ってきました。 その独自の部分を回している人が抜けたとき、代わりを外から買うことはできません。
大企業は、判断できる若手を市場から買えます。高くなりますが、買えます。
買えない側にとって、これは採用の話ではありません。
シニア化された入口が+35%で増えている、ということは、「判断できる若手」を採ろうとしている会社が、確実に増えているということです。
その競争に、中小企業が価格で勝てる見込みはありません。 賃金の上乗せは平均61.9%。AI専門職の求人は1年で68.9%増えています。取り合いになっている場所に、後から入るのがいちばん高い。
だから、問いは「どうやって採るか」ではありません。
育つ道筋が、自社にはまだ残っているか。
一段目が低いままの梯子が、まだ社内にあるか、という問いです。
③ 経営者の自分事
ここからは、私の失敗の話です。
受託で作ってきて、何度も同じことがありました。
作った料理が全部残されて、次々に注文はされる。
注文どおりに作りました。仕様も満たしている。動いている。それでも、使われない。 そして半年後、また別の注文が来る。同じ会社から。
一度や二度ではありません。過去、そういうお客さまは何社もありました。