2026年7月26日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
先に、この号が誰の話かをはっきりさせておきます。
月額いくらのソフト(会計、勤怠、名刺管理など)にAI機能が付いている——それを使っているだけなら、今号の話はまだあなたの請求書には現れません。 その場合、以下の巧拙はソフト会社の側にあって、あなたが払うのは定額だからです。
今号が直撃するのは、AIを自社の仕事そのものに当てはじめたときです。自社の在庫データを読ませる、自社の見積ルールを覚えさせる、自社の問い合わせ履歴を使わせる——出来合いのソフトを使うのではなく、自社用に組ませる段階に入った瞬間から、以下がそのまま毎月の請求額になります。
AIの料金は従量制です。課金の単位は文字数——AIに渡した文章と、AIが返してきた文章の、両方で課金されます(業界では「トークン」という単位で数えますが、日本語ならおおむね1文字が1〜2トークンです)。
同じ仕事をさせても、作り方によって請求額が桁で変わる。
具体で見ましょう。たとえば「毎朝、自社の在庫データと過去1年の受注履歴をAIに読ませて、その日の発注案を出させる」という使い方をするとします。中小企業がAIに任せたい仕事の、ごく典型です。
このとき、毎朝AIに読ませる「在庫データと受注履歴」は、毎日ほぼ同じ内容です。ここに、以下の四つが効いてきます。
その1:読ませるより、書かせるほうが5倍高い。
AIに文章を読ませる料金と、AIに文章を書かせる料金は同額ではありません。Anthropicの主力モデルの場合、100万トークンあたり読ませる側が5ドル、書かせる側が25ドル。5倍です。先の例なら、在庫データを読ませる分は安く、発注案を書かせる分は高い。「AIにどこまで書かせるか」は、そのまま原価の設計になります。
その2:同じものを何度も読ませるなら、1割で済む方法がある。
毎朝の在庫データのように、毎回ほぼ同じものを読ませる場合、その部分を「使い回せる形」で組んでおけます。前回読ませた分をAI側に預けたままにしておき、翌朝は「昨日預けたあれの続き」として使う(この仕組みを「プロンプトキャッシュ」と呼びます)。使い回しが効けば、その部分の料金は通常の10分の1。初回だけ保存料として1.25倍かかりますが、2回目には元が取れます。 月20営業日回すなら、19日分が1割で済む計算です。
その3:その使い回しは、前置きに一行混ざるだけで全損する。
AIに仕事を頼むときは、毎回いちばん最初に「あなたは当社の発注担当です。以下が在庫データです……」という決まり文句の指示書を渡し、その後ろに本題を続けます。 使い回しが効くのは、この指示書が前回と一字一句同じときだけ。その冒頭に今日の日付を差し込む——たったそれだけで、それ以降のすべてが使い回せなくなります。毎朝の処理に日付を入れたくなるのは、むしろ自然な発想です。しかしそれをやった瞬間、料金は丸ごと通常料金に戻ります。
その4:エラーは出ない。
使い回しが効かなくなっても、AIは何事もなく正しい発注案を返します。警告も出ません。動作は完全に正常です。変わるのは請求額だけ。
似た落とし穴は他にもあります。<strong>使い回しは自動では効きません。「ここは預けておく」と指定して初めて働く仕組みです。</strong> ところが、預ける文章が一定の長さに満たないと、<strong>指定してあっても黙って無視される。</strong>途中で使うAIを別の会社のものに切り替えると、<strong>それまで預けておいた分はすべて消え、また一から読ませ直しになる。</strong><strong>どれも、エラーは出ません。</strong>
つまり、同じ「毎朝の発注案」という仕組みが、二つの会社に作らせると請求額が桁で違う——ということが起こりえます。どちらも正しく動き、どちらも同じ発注案を出すのに、です。
出典:
- プロンプトキャッシング(Anthropic公式ドキュメント) https://platform.claude.com/docs/en/build-with-claude/prompt-caching
- モデル別料金 https://platform.claude.com/docs/en/pricing
② 構造 — ソフトの「作り方」が、初めて発注者の原価になった
外注に出したことのある経営者なら、この構造に見覚えがあるはずです。歩留まりです。
同じ図面を渡しても、加工先によって材料の取り方が違う。無駄なく取る工場と、端材を大量に出す工場がある。出てくる部品は同じなのに、こちらが払う単価は違う。 出来上がった部品を眺めても、その差は見えません。見えるのは見積書の数字だけです。だから発注する側は、単価が高いとき「材料相場が上がったのか、この工場の腕なのか」を切り分けようとします。
ソフトウェアには、これまでこの切り分けが要りませんでした。
理由は単純で、コストが固定費だったからです。サーバー代は月額。ソフトのライセンスは席数分。中で何が起きていようと、月末に届く請求書は同じだった。 だから発注側にとってソフトの「作り方の良し悪し」は、長らく品質の話——動くか、壊れないか、直しやすいか——にとどまっていました。原価の話ではなかった。
前号で見たとおり、AIの料金は使った分だけの変動費に移りました。変動費になった瞬間、作り方が原価に直結します。 ①に挙げた四つは、すべてその実例です。同じ発注案が出る。同じ時間で終わる。原価だけが違う。
そして、部品と違うところがあります。加工の歩留まりは、端材の山を見れば分かる。 現場に行けば、無駄が目に見える。AIの場合、無駄は目に見える形ではどこにも出ません。出るのは、月末の合計額だけです。
歴史循環で見ると、これは新しい資源が産業に入るたびに繰り返されてきた型です。電力が工場に入ったとき、同じ電力量を引いていても使い方の巧拙で実際の負担が変わり、やがて「力率」という指標が生まれました。物流には積載率が、印刷には面付けが生まれた。新しい資源が変動費として入ってくると、その資源の"使い方の巧拙"を測る物差しが、必ず後から生まれる。 例外がありません。
そして今、AIという資源が入ってきました。物差しは、まだ無い。
材料費なら、単価の相場をあなたはもう知っています。人件費もそうです。だから「高い」と思ったとき、相場と比べられる。AIの費用には、比べる相手がまだいません。
戦略の階層で読むと、作り方は現場の技術判断=戦術レベルの話です。それが、原価という戦略レベルの数字に直結しました。だが途中の検算が効かない。 通常なら、戦術のまずさは不具合や納期遅れとして表面化し、経営者の目に届きます。今回は表面化しない。きちんと動いてしまうからです。
気づけない不良、というものが生まれました。
③ 経営者の自分事
まず、問いをひとつ動かします。
「AIの利用料は、高いのか、安いのか」——これは値札を眺める話です。比べる相手がいないのだから、答えは出ません。そうではなく、
「この請求額は、相場なのか、腕なのか」。
中小企業にとっていちばん悪い形は、腕の差を、相場として払い続けることです。「AIって、このくらいかかるものらしい」で通ってしまう。AIの費用には、比べる相手がまだいません。
しかもこれは、発注した後に効いてくる費用です。見積書には出ません。出るのは翌月からの利用料に、毎月。作った時点では差が見えず、運用が始まってから開き続けます。
では、どうするか。
待っていても、物差しは来ません
②で、電力に力率が生まれ、物流に積載率が生まれた、と書きました。それらは、最初から完成した形で現れたわけではありません。 誰かが粗い形で作って、使いながら育てた。物差しは、使われながら育ちます。
AIの物差しも同じです。そして、育つのを待っている間も、請求書は毎月来ます。
だから、多少間違っていてもいいから、分かりやすい線を、自分で先に引く。
線がないと、蓋をすることになります
先に、線を引かなかった場合の話をします。
請求額が読めないと、怖くなります。 そして怖くなった経営者は、止めます。「うちはまだ様子を見る」「使うのは一部の業務だけにしておく」。
これは、コストがゼロに見える選択です。 実際には、いちばん高くつきます。使わなければ、程度も身につかないからです。②で書いたとおり、物差しは使いながら育ちます。 使わない会社には、いつまでも育ちません。
線は、制限するために引くのではありません。 ここまでは気にしなくていい、という範囲を作るために引きます。上限が決まっていれば、その中では安心して使わせられる。 経営者にとって、これがいちばん大きい。
最初の線は、隣の相場から借りてくる
とはいえ、まったく根拠のない数字は決めにくいものです。そういうときは、隣にある既知の相場から借りてきます。
たとえば、個人向けのAIサービスは、いま月20ドル前後が相場です。では、社員全員分をその金額で会社が持つつもりで、上限を置いてみる。 10人なら月200ドル強、日本円で3万円ほど。これを最初のリミットにします。
正確ではありません。自社の使い方に合っている保証もない。ですが、根拠のない数字でもありません。 隣の相場から借りてきた数字です。そして何より、人数で計算できるので、経営者にとって扱いやすい。 人件費と同じ形をしているからです。
最初の線は、正確であるために引くのではありません。観察の起点として引くのです。
線があると、初めて「超えた」が発生します。超えたとき、何が起きていたのかを見る。処理の量が増えたのか、作り方を変えたのか、使う人が増えたのか。それを何度か繰り返すと、程度が身体に入ってきます。
材料費の相場観と同じです。あれも知識ではなく、何度も見た結果として身についたものでしょう。AIの費用も、同じ道を通るしかありません。
当社の場合を書いておきます(まだ試行錯誤の途中です)
私も、隣の相場から借りるところから始めました。各社が出している月額のAIサービス、あの金額を念頭に置いたのが最初です。
ただ、当社が引いている線は、金額そのものではありませんでした。
当社とお客さまの間は、あらかじめ預かった枠の中から減っていく形にしています。使えば減る。無くなれば止まる。上限が、構造として効く形にしてあります。
月額の固定にすると、超えても止まりません。 請求が増えるだけです。逆に前払いの枠なら、止まってから考えればいい。 私が引いている線は、金額の大小ではなく、こちらです。
そのうえで、正直に書きます。予想は、まったくつきません。
一律の上限を決めて運用しているわけではなく、案件ごとに個別に見ています。 そして最初のうちは、引いた線を超えまくりました。 使い方が変われば量が変わる。処理する対象が増えれば、また変わる。②で「物差しは使いながら育つ」と書きましたが、私自身がまだその途中にいます。
いま効いているのは、少し違うやり方です。大きな処理をかける前に、AIに見積もらせています。
こういう作業をこれだけの量やると、いくらになるか——それをAI自身に計算させてから始める。やってみると、これが結構当たります。 そして——
だいたい、見積もりより安くなります。
「思ったより高かった」より、「思ったより安かった」のほうが多い。 恐れて手を止めるほうが、失うものが大きいと感じています。
当社ではまだ事故が起きていません。 ただしこれは、私が上手いからではないと思っています。量が事前に読める種類の作業だから、見積もりが効いているだけです。読めない使い方をすれば、同じようにはいかないはずです。
正確な物差しを作ろうとしないほうがいい
ここは、少し逆に聞こえるかもしれません。
最初から正しい基準を作ろうとすると、それは動かなくなります。 精密に作ったものほど、作り直しにくい。そして数ヶ月後、モデルも価格も使い方も変わっている。そのとき、正確に作った基準のほうが邪魔になります。
粗くていい理由は、粗いほうが直せるからです。 直しながら使うものだと最初から分かっていれば、直すことに抵抗がなくなります。
ベストプラクティスは、外から来ません
「他社はどうやっているのか」を探したくなります。ですが、AIの使い方も、使う目的も、会社ごとに違います。 何を任せているか、何を人が見ているか、どこまで自動で回しているか。前提が違えば、出てくる数字も違う。他社の基準を持ってきても、自社には当たりません。
先ほど当社の話を書きましたが、あれもそのまま当てはまりません。 当社の線は、当社の使い方に合わせたものだからです。
これは、諦めの話ではありません。基準に照らす作業は外に出せますが、基準そのものを作る作業は外に出せない、というだけのことです。そして基準を作れるのは、自社が何のためにAIを使っているかを知っている人だけです。それは、あなたです。
正直に書いておくと、これは処方箋ではありません
面倒です。時間もかかります。一発で解決する方法を、私は持っていません。
ただ、ひとつだけはっきりしていることがあります。物差しを持たない側は、相手の物差しで測られます。 手元にある唯一の数字が請求書だけなら、その請求書が基準になる。高いのか安いのかを判断する材料が、そこにしか無いからです。
粗くても自分の線があれば、比べる相手が一つ増えます。 それだけで、「相場か、腕か」を問える状態に近づきます。
念のために書いておきます。これは発注先を疑え、という話ではありません。 外注でも内製でも同じことが起きます。そして巧拙の差は、悪意から生まれているのでもありません。単に、新しすぎて、まだ誰も物差しを持っていないだけです。 作っている側も、比べる相手がいないという点では同じ場所に立っています。
——明日、こう話してみてください。「AIって、同じ仕組みでも作り方で請求額が桁で変わるらしい。しかもエラーは出ないから、動いてる限り誰も気づかないんだと。……うち、いくらまでって決めてないよな。決めてないと、高いかどうかも分からないままだな」
CoBANTO3-AIチャット
https://www.netkomuten.tokyo/lp/co-banto3-ai
本紙のバックナンバーを記憶し、本紙の読み方(戦略の階層・歴史循環)で、あなたの会社の状況に当てて答えるAIチャットです。記事は「地図」ですが、地図は現地には当たりません。「この号の話、うちの場合はどうなるのか」を訊く場所として用意しました。
ご利用は事前購入のクレジット制です(1,000円から)。月額の契約ではないので、解約の手続きはありません。使った分だけ減り、無くなれば止まります。
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ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part4/articles/ch87
小さなIT企業の現場を書いた小説です。毎号1話ずつご紹介します。
今号の話:〈第四部87「気持ちよすぎて、ちょっと危ない」〉
AIに任せると、驚くほど速く進みます。手応えもあります。気持ちよく進んでいる、その途中の話です。
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