米国の理工系の博士論文のうち、2026年に提出されたものの29%に、AIが書いたとみられる文章が入っていました。2022年までは、ほぼゼロです。これを数えた研究者たちの論文も、謝辞で、考察の下書きにClaudeを使ったと開示しています。
① 事実
米国の研究者3人が、2019年から2026年までの米国の理工系の博士論文を、ほぼ全数調べました。AIの文章を見分ける市販の検出ツールで要旨を判定し、論文を書いた人がその後どこに就職したかと突き合わせています。AIの文章は、ある時期から急に増え、増え方には偏りがありました。研究者たちは、AIの利用とその後の進路の関係は、相関だと断っています。
研究者たちは、博士修了者約22万6,000人の論文を調べました
論文は、Daniel P. Gross氏、Dror Shvadron氏(トロント大学)、Hansen Zhang氏(デューク大学)による「How Heavily Are PhD Students Offloading Their Scientific Writing to AI?」です。2026年10月に、NBER(全米経済研究所)のワーキングペーパー(査読前の研究論文)として公開されました。
対象は、2019年から2026年5月までに米国の大学で博士号を取った、理工系の約22万6,000人です。論文の要旨を、Pangramという市販の検出ツールで判定しました。修了後の勤め先は、ビジネス向けSNSのLinkedInの経歴から調べています。
検出の精度は、AIが一般に使えるようになる前の論文で確かめています。2019年から2022年までの約12万6,000本のうち、AIの文章と判定されたのは6本でした。誤判定の率は0.01%未満です。
2026年の博士論文は、29.4%にAIの文章が入っていました
AIの文章が入った論文は、2023年に1.7%、2024年に5.5%、2025年に18.8%、2026年に29.4%でした。研究者たちは、要旨だけで判定しているので、この数字は下限だと書いています。いまの伸び方が続けば、2028年には過半数になる見込みです。
AIの文章は、英語を母語としない人と、順位の低い課程で多く使われていました
2026年の修了者では、英語を母語としない国で教育を受けた人の論文の41%に、AIの文章が入っていました。英語圏で教育を受けた人は23%です。
課程の順位が低いほど、割合は高くなっていました。大学別ではMITが9%で、割合の高い大学は30%を超えています。研究者たちは、AIは肩代わりしてくれる負担がいちばん大きいところから広がった、と書いています。
AIの文章を含む論文を書いた人は、研究機関に進む割合が低くなっていました
研究者たちは、研究型の大学(R1と呼ばれる、研究活動の規模が最も大きい区分)で2023〜25年に修了した人の、2026年の勤め先を比べました。同じ大学の同じ分野の修了者どうしの比較です。
米国出身の人では、AIの文章を含む論文を書いた人のほうが、大学などの研究機関に勤めている割合が7.4ポイント低く(全体では44%)、民間企業に勤めている割合が8.0ポイント高くなっていました(全体では50%)。米国以外の出身の人では、この差は小さくなります。
研究者たちは、これは相関で、因果ではないと書いています。研究職を目指さない人が、修了間際に手を抜いた論文を書いた、という逆の向きもありうるとしています。ただし、論文のページ数とAIの利用には相関がなく、ページ数を調整しても差は残りました。研究者たちは、AIの利用が研究の力に悪影響を与えている方向を示していると見ています。
NBERの論文の研究者たちも、考察の下書きにClaudeを使ったと開示しています
論文の謝辞には、「実証結果の考察の最初の下書きと、データ付録の一部に、Claude Fable 5.1を使った。AIが生成した文章は、すべて人の手で大幅に直した」と書かれています。検出ツールのPangramからは、利用枠の提供と研究向けの割引を受けたとも書かれています。
出典:
- Daniel P. Gross, Dror Shvadron, Hansen Zhang「How Heavily Are PhD Students Offloading Their Scientific Writing to AI? Evidence from US STEM PhD Dissertations」(NBER Working Paper 35859、2026年10月) https://www.nber.org/papers/w35859
② 構造
NBERの論文の研究者たちは、博士論文のAIの文章を数えて、その後の進路と比べました。ただ、AIで書いたことが悪いかどうかについては、書くことをどう見るかで評価が分かれると、自分たちで書いています。AIが肩代わりするのは書く手間で、書かれた中身が正しいかどうかの判断は、使う人に残ります。研究者たちが最後に挙げたのも、AIの文章を見分ける道具より、本人が中身を説明できるかを確かめる仕組みでした。
研究者たちは、書くことをどう見るかで評価が分かれると書いています
NBERの論文は結びで、書くことが正確な理解を強いると考える人は、AIで博士課程の訓練が損なわれていると見るはずだ、としています。科学の伝達を研究そのものから切り離せる道具と見る人は、同意しないかもしれない、とも書いています。
研究者たちは、両方が同時に正しい可能性も挙げています。AIは、英語で書く負担が大きい人の文章の質を引き上げて、差を縮めます。同時に、書くことが求める注意深い思考のきっかけを、取り去るかもしれません。
AIが肩代わりするのは、書く手間です
AIは、文章の形を整えます。英語を母語としない人ほどAIを使っていたのは、その負担がいちばん大きかったからだと、研究者たちは見ています。
書かれた中身が正しいかどうかを判断する仕事は、使う人に残ります。論文の書き手たちは、考察の下書きにAIを使い、それを大幅に直したと書いています。直せたのは、何を確かめた研究なのかを、書き手が持っていたからだと読めます。
研究者たちが挙げたのは、口頭試問でした
研究者たちは、学生が自分で手間のかかる仕事をする動機を保つには、科学者の評価のされ方を変えるか、人が手を動かしたことを確かめる技術を使うか、その両方が要るとしています。そのうえで、博士号には論文誌と違って、口頭試問(論文の内容について、審査員の前で本人が答える試験)という確かめる仕組みがすでにあり、その重みが増すかもしれないと書いています。
口頭試問で問われるのは、誰が書いたかより、本人が中身を説明できるかです。
同じAIでも差が出るのは、Vol.74の実験と同じ形です
本紙はVol.74で、同じAIと同じ研修を受けたスタートアップ515社の実験を取り上げました。売上の伸びは、上位10%以上の会社に集中していました。研究者たちは、AIが普通の会社を少しずつ良くするより、上の会社が届く範囲を広げていると書いていました。
博士論文でも、AIの文章が最も少なかったのは上位の課程でした。どちらも、同じ道具を渡されたあとに差が出ています。