宮崎県日向市の職員の8割が、生成AIを業務で使っています。市が受賞したのは、その使い方ではありません。
① 事実
日向市(宮崎・人口5.5万人)が、日本DX大賞2026で奨励賞を受賞しました
日向市が2026年7月22日、「日本DX大賞2026」の庁内DX部門で奨励賞を受賞しました。受賞した取り組みの名前は、<strong>「庁内生成AI活用の効果を見える化する共通ロジックの確立」</strong>です。
市の発表には、<strong>「約8割の職員が生成AIを業務に利用」</strong>とあります。母数が正職員なのか、会計年度任用職員を含むのかは書かれていません。
受賞したのは、AIの使い方ではなく、効果の測り方です
市の発表によれば、職員アンケートから得た「業務ごとの平均削減時間」と、生成AIの利用ログを、同じ業務分類に揃えて整理します。そのうえで「分類ごとの削減効果を算出できる形とすることで、重点業務の把握や、次にどの業務をどう改善するかの判断につなげている」。
利用ログは、誰がいつ何に使ったかの記録です。一方、「何分減ったか」は、職員が答えたものです。
日向市は680人にアカウントを配り、研修を39回開きました
自治体職員向けのメディアHolgが、日向市行政改革・デジタル推進課の平山凌主任主事に取材した記事から。市自身の発表ではありません。
生成AIのアカウントを配った職員は680人。同市の正職員は約600人で、会計年度任用職員などを含めると約900人です。
令和7年度は研修を39回開き、514名が参加しました。延べ人数か実人数かは書かれていません。
ふるさと納税の担当者が、年間240時間かかっていた作業を4時間で終えた事例も出ています。
中身は、システムから抽出したデータの加工と寄附者の属性分析を、Excelマクロ(Excelの操作を記録しておき、一括で実行させる仕組み)で自動化したものです。算定の根拠は記事にありません。令和7年には40の自治体が視察に訪れています。
市の計画に書いてあったのは、文書作成と問い合わせ対応だけです
日向市DX推進計画(第4.0版・令和7年4月)で、生成AIに触れているのは1か所です。
○生成 AI の活用による文書作成や問合せ対応業務の効率化
・文書作成や庁内からの問い合わせ対応について、市独自の情報を取り込んだ生成 AI を活用し、職員の業務量削減や効率化を図ります。
工程表では、令和5年度末までに「実証」から「運用」へ進む計画でした。
計画の目標値の一覧に、生成AIの行はありません。 数値目標が置かれているのは「AI・RPAの利用推進」で、中身は「RPA導入業務における導入後の作業時間削減率 削減率50%」です。RPA(人がパソコン上でする定型作業を、ソフトウェアに記録させて代行させる仕組み)の目標であって、生成AIのものではありません。
計画は動機も書いています。2040年問題——人口減少で職員が減ることへの備えです。デジタル専門人材2名は大手通信事業者から受け入れ、CIO補佐官(常勤)とDX共創アドバイザー(非常勤)に充てています。市がソフトバンクとChatGPTの業務活用で覚書を結んだのは、2023年7月です。
日向市は決算のたびに、422ページの説明書を議会に出しています
日向市の「主な施策の成果説明書」(令和5年度決算に係るもの)は、422ページあります。1ページ目に、何に基づく文書かが書かれています。
地方自治法第233条第5項の規定により、令和5年度一般会計及び特別会計における各部門の主要な施策の成果と予算執行の状況について、次のとおり報告する。
構成は、決算の概要(1頁)、総合計画の成果指標取組状況一覧表(17頁)、総合戦略の施策評価(25頁)、事務事業評価(91頁)、特別会計・企業会計(393頁)。
事務事業評価のうち「評価対象事業」は93頁から288頁まで。約200ページが、1事業ずつの評価に使われています。
生成AIの削減時間がこの中に書かれているかは、確かめられませんでした。令和5年度は運用が始まった年度で、通年で動いたのは令和6年度からです。令和6年度分の説明書は、公開されているものを見つけられませんでした。
② 構造
地方自治法は「成果を説明せよ」と書いています。「どう測れ」とは書いていません
ここまで、宮崎県日向市が生成AIの効果をどう測っているかを見てきました。整理します。
地方自治法233条5項は、書類を出すことを義務づけています。 決算を議会の認定にかけるとき、その年度の主要な施策の成果を説明する書類を添えなければなりません。
条文に、測り方は書かれていません。 様式と粒度のほうは先に決まっています。1事業ずつ、約200ページ。
空いているのは、何をもって成果とするかだけです。
浮いた時間は、民間でも決算に出ません
会社がAIに払った金額は、費用として決算に入ります。何の科目に入れたかで、外から見えることも、見えないこともあります。
一方、AIで浮いたとされる時間は、決算にも税務申告にも出てきません。 人件費が減れば、その要因をAIだと説明することはできます。ただし給与は固定なので、時間が浮いてもすぐには動きません。
⇒ 効果の側が数字に出ないのは、行政も民間も同じです。違うのは、説明する義務があるかどうかです。
行政には、その義務があります。しかも利益が無いので、浮いた時間を金額に換える先もありません。職員をすぐ減らすこともできません。日向市の計画が備えているのは2040年問題で、減らすためではなく、減っても回すためです。
⇒ 出てこないものを、報告しなければなりません。 そして時間は、職員に訊かなければ出てきません。
日向市の共通ロジックは、そのために作られたものだと読めます。 業務分類ごとに削減効果を出す形は、1事業ずつ評価する説明書の粒度に合っています。
ログに残るのは、AIに何を投げたかまでです
本紙は前号で、米労働統計局(BLS=米国の雇用や物価を調べて公表する政府機関)がClaudeとMicrosoft Copilotの利用記録を使い、831の職業をAIへの近さで4段階に分けた話を書きました。BLSは、その分類ページに留保を置いています。
その職業の労働者が、仕事でAIを使ったかどうかを、直接観察しているわけではない。
ログは、AIに何を投げたかの記録です。その職員が仕事で使ったのか役に立ったのかは、ログの外にあります。
BLSは、その外側をGPT-4(OpenAIが2023年に公開した大規模言語モデル)などに職業を採点させて埋めました。日向市は、職員のアンケートで埋めました。⇒ 国の統計機関と人口5.5万人の市が、同じ場所で同じ形の穴を埋めています。
測るところまで来たので、物差しが要りました
日向市は、測ろうとした側です。 生成AIを配って終わりにせず、どの業務でどれだけ効いたかを出す形を作りました。40の自治体が視察に来ているのは、その形を見に来ているのだと読めます。
自己申告が土台であることは、市の発表にそのまま書かれています。隠されていません。
③ 自分事
御社には、削減時間を報告する義務がありません
読者の会社に当てます。
AIで浮いたとされる時間を説明する義務は、御社にはありません。 議会もなく、成果説明書も要りません。決算にも税務申告にも、その時間は出てきません。
ところが、社内では時間で語られていることがあります。「この作業が30分から5分になりました」。日向市と同じ物差しを、義務が無いのに当てています。
当社では、時間は浮きませんでした。天井が上がりました
当社は昨年、個別の受託契約をやめ、工数見積もやめました(本紙Vol.51/個別の契約書を、AIありきの利用規約に変えています)。AIでタスクの実行速度が上がると見込んで、事業のほうを組み立て直したものです。
結果として起きたのは、時間が浮くことではありませんでした。
やれることが増えました。これまでは、自分が捌けるタスク量の限界が、そのまま事業の天井になっていました。
時間の制約が変わり、同時並行で進められるようになったので、その天井が上がりました。量も質も上がっています。
代表である海老沢の労働時間は、増えています。 前はできなかったことが、できるようになったからです。
⇒ 削減時間で測っていたら、この変化は1時間も計上されません。 減った時間がないので、報告するものもありません。
明日できること
決裁は要りません。訊くだけです。
⑴ 社内でAIの効果が語られているなら、その数字がどこから出たか訊いてください。 実際に測ったものか、作業した人が「だいたいこのくらい」と答えたものか。どちらでも構いません。どちらなのかを知っているかどうかです。
⑵ 「前はできなかったことで、いまできるようになったこと」を訊いてください。 減った時間ではなく、増えたほうです。同時に2件進められるようになった、断っていた仕事を受けられるようになった、下書きを自分で作れるようになった。こちらは、削減時間の欄には書けません。
⑶ その天井が、誰の手元にあるかを見てください。 御社で「この人が捌ける量」が全体の上限を決めている場所は、どこですか。社長のこともあります。
短信
大企業のAIアプリ支出、1年で最大393%増(2026年9月)
SaaS管理会社のZyloが「2026 SaaS Management Index」を公開しました。同社が実際に追跡している請求・利用データ(4,000万件を超えるライセンス、750億ドル超の支出)に基づくものです。
AIを前提に作られたアプリへの支出は、全体で前年比108%増。従業員1万人を超える企業に絞ると、1年間の増加は<strong>最大393%</strong>でした。同規模の企業の年平均支出は470万ドルです。
本紙が既に取り上げた「本番稼働95%・予算超過67%」はアンケートに基づく数字でした。こちらは実際の課金データです。
出典:https://zylo.com/2026-saas-management-index/
今月のモデル
今号は、新ネタ無しです。
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ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
海老沢が執筆している、IT業界のお仕事小説です。毎号1話ずつご紹介します。
〈第2.5部 第1章「好きに作っていい」〉
入社初日、神崎リナは渋谷のAIスタートアップのコードを見せられます。AIが動いているのは、システムの端の数百行だけでした。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part2-5/articles/ch01
小説を書いている理由
この小説は、もともと、社内の教育のために書き始めました。うちの会社——東京ネット工務店で、新しく入った人間に、この仕事の考え方を伝えるための、いわば教材でした。戦略の階層とか、取捨選択とか、口で言っても、なかなか伝わりません。だったら、物語にして読んでもらったほうが早い。そう思って、書き始めました。
ところが、いろいろあって、その教材が、要らなくなってしまいました。理由は、いろいろあります。ここには、書ききれません。ただ、宙に浮いてしまった原稿を、捨てるのも惜しくて、何度も書き直しながら、今度は、教材ではなく、ただ読んで面白い、お仕事小説として、作り直していきました。
https://www.netkomuten.tokyo/channels/atogaki/articles/atogaki-1
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