2026年8月24日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
5人に1人が、辞めた会社での肩書きを書き換えていました
全米経済研究所(NBER)が2026年7月、こういう論文を出しました。
論文にある一文が、そのまま結論です。
確立された米国のLinkedIn利用者の19.7%が、すでに辞めた職の肩書き、または職務内容の記述を、あとから書き換えている。
すでに辞めた会社の話です。 いま在職している会社の記述ではありません。過去の、終わった職歴のほうを、あとから直している。
データは人材データ企業 Revelio Labs が集めたもので、2020年から2026年まで、毎月のスナップショットを取り続けています。 毎月見ているので、いつ、どこが書き換わったかが分かります。
書き換えは、転職と強く連動していました。 職を移るときに、前の職歴を直しています。
増えた言葉と、減った言葉がありました
論文は、書き換えられた記述にどんな言葉が入ってきたかを見ています。
遡及的な編集には、2022年以降のAI関連語彙の急激な増加と、最近の在宅勤務およびDEI関連語彙の減少が見られる。
タグ=雇用, 統計
DEI(多様性・公平性・包摂を進める取り組み)の語彙も、在宅勤務の語彙も、減っています。
足す方向と、削る方向が、同時に起きています。
⚠️ 論文が出している具体的な数字は、19.7%の一つだけです。 増加と減少については「急激な増加」「最近の減少」と書かれているだけで、何パーセントかは示されていません。 ここは、そのまま受け取るしかありません。
書き換えが強いのは、立場の弱い層でした
もう一つ、論文が観測しているものがあります。
LLMに関連する文章上の特徴が、ChatGPT以降に急増している。とくに学歴が低い層と、下位ランクのビジネススクール出身のMBA保有者において顕著である。
LLM(大規模言語モデル=ChatGPTのようなAIの土台になっている技術)に書かせた形跡が、文章に出ているということです。
それが強く出るのは、立場の弱い側でした。
⚠️ 論文は、書かれた内容が本当かどうかを判定していません。 測っているのは、書き換えたという事実と、言葉がどちらへ動いたかまでです。
出典:Nicholas Bloom, Gideon Moore, Lisa K. Simon, Caelan Wilkie-Rogers, "Time Travel on Professional Profiles," NBER Working Paper 35546
https://www.nber.org/papers/w35546
② 構造
経歴は、過去の記録ではなく、現在への表示です
辞めた会社での肩書きは、事実としては動きません。 2019年にその会社で何をしていたかは、2026年になっても変わらない。
それでも、19.7%が書き換えています。
書き換えているのは、過去ではありません。いま、それがどう見えるかのほうです。
在宅勤務の語彙が消えたのは、その言葉がいま評価されないからです。 DEIの語彙が消えたのも同じです。AIの語彙が増えたのは、いま評価されるからです。
同じ人の、同じ過去が、年によって違う姿で出ています。
⚠️ 嘘をついたわけではありません。 在宅勤務していた事実を経歴から外しても、嘘にはなりません。書かないだけです。 肩書きを言い換えるのも、多くの場合は嘘ではない。事実を、どう言うかの問題です。
それは技術です。 自己紹介をどう書くかは、就職活動で身につけるものの一つです。19.7%は、不正の数字ではありません。
表示は、維持しなければなりません
書いてしまうと、そこから先は、現在に合わせ続ける必要が出ます。
評価される言葉が変われば、書き換えたくなる。 在宅勤務が価値だった年と、そうでない年がある。そのたびに、直すかどうかを判断することになります。
19.7%は、その維持を続けている人たちの数字です。
書いていない人は、書き換えようがありません。
書いた側は、どう読まれるかを選べません
Vol.30で、こう書きました。 ある創業者が「私はコードを1行も書いていません」と発表し、その3日後にセキュリティ企業が調べ始めた、という号です。
同じ一文が、発信した側には実績の表明で、探している側には「防御が薄い」という告知でした。 書いた本人は、どちらで読まれるかを決められませんでした。
経歴も同じです。
立派な実績として読まれるか、自慢話として読まれるか。 書いた側では決まりません。読む側で決まります。
AIで書いたかどうかは、評価に効きません
論文は、AIが書いた形跡を検出しています。
⚠️ 形跡があることと、中身がどうかは、別の話です。
情報の評価に効くのは、書いてあることが正確かどうかと、切り口が独自かどうかです。何を使って書いたかは、そこに寄与しません。
それでも「AIで書いたらしい」という判定は、評価を動かします。 中身と関係なく動きます。これは感情の反応であって、評価ではありません。
⭐ この号の論点と、同じ形です。 経歴が自慢話に読まれるのも、AIで書いた文章が手抜きに読まれるのも、内容への評価ではなく、形式への反応です。
当社の話を書きます。当社は、この媒体のためにAI編集デスクを作りました。
毎朝7時57分に、3つの軸でAIが検索し、事実と数字と出典を集めて溜めます(Vol.29で書いた仕組みです)。記事も、AIと組んで書いています。
そのうえで、文体のルールを持っています。書いたあとに、決まった言葉を検索して潰します。
「〜ではなく」という否定形。比喩。「たぶん」「〜くらい」といったぼかし。「ここが重要です」のような、書いた意図の説明。
⚠️ このルールは、AIらしさを消すためのものではありません。読みにくくなるからです。
AIに書かせると、読みにくくなることがあります。 効果を狙った言い回しが増えて、事実が薄まる。読むと、いいことを言っているようで、何を言っているのか分からない。
理由は分かりません。 ただ、そうなる書き方には決まった形があるので、その形を一覧にして、書いたあとに潰しています。
人が書いても、同じことは起きます。AIだと、分かりやすく出る。それだけです。
歴史循環:新しいのは、月次で見えるようになったことです
履歴書が時勢に合わせて書かれるのは、昔からです。 求人票の言葉に寄せる、流行の資格を上に持ってくる。やってきたことです。
新しいのは、それが観測できるようになったことのほうです。
Revelio Labsは2020年から毎月、同じ人のページを記録しています。 だから19.7%という数字が出ました。
⚠️ ここに、この号の裏側があります。書き換えた本人は、書き換える前の姿が残っていることを知りません。 消したのは表示だけで、記録は、データを持っている側に全部あります。
Vol.30の逆です。 あちらは、判断が記録されていないから線が引けない、という話でした。今回は、記録されていることに、本人が気づいていない。
立場によって、選べる手が違います
求職者は、書かないという選択肢を持っていません。 経歴を出さなければ、選考に乗りません。だから、書き換えるほうへ行きます。
会社を経営している側は、消せます。 自社のサイトに何を書くかは、自分で決められる。
同じ「表示をどうするか」という問題でも、規模と立場で、取れる手が違います。
③ 自分事
私も、去年から書き換え続けていました
転職活動はしていません。 ただ、当社のWebサイトを、去年から試行錯誤で更新し続けていました。
悩んでいたのは、経歴です。
サラリーマン時代の職務経歴を書くか。独立してからのことを、どこまで書くか。書くとして、どういう書き方をするか。
これは、19.7%と同じことです。 場所がLinkedInか自社サイトかの違いで、やっていることは同じでした。
盛らなくても、書けば自慢の形になります
結論から書きます。ほとんど書かないことにしました。
理由は、営業上、意味がないと判断したためです。
盛るつもりはありませんでした。 最初から、正直に書くつもりでいました。
それでも、正直に書いたものが、多くの人には自慢話として読まれると思いました。
経歴を並べるという行為は、それ自体が自慢の形式を持っています。 内容が並であれば、形式のほうだけが残ります。
⚠️ 盛るか盛らないかの問題ではありませんでした。 盛れば嫌われる、というだけの話なら、正直に書けば解決します。解決しませんでした。
自慢の形で読まれたものは、営業の材料になりません。 仕事を頼むかどうかを考えている人が、そこから受け取るものがない。
だから、消しました。
削る方向にしか、動かしていません
論文は、二つの方向を観測しています。 AIの語彙を足す方向と、在宅勤務やDEIの語彙を削る方向です。
私は、削るほうにしか動いていません。 最初から盛っておらず、更新のたびに減らしてきました。
⚠️ ただし、動機が違います。
論文が見ている削除は、時勢への適応です。 評価されなくなった言葉を消して、いまの市場に合わせている。それは書き換えの一種で、来年また別の言葉を消すことになります。
私がやったのは、書き換える対象のほうを消す、ということでした。
書き換え続けるのをやめるには、書くのをやめるしかありませんでした。
⚠️ 代償があります。書かなければ、伝わりません。 何をやってきた人間なのかは、こちらからは説明されません。それを承知で消しています。 判断が正しかったかどうかは、まだ分かりません。
消したのは、過去のほうでした
当社のサイトから消したのは、過去の職務経歴です。
いま何をどうやっているかは、書いています。 本紙の作り方も、この号に書きました。
違いは、読み手が何を受け取るかにあります。
過去の実績は、評価の対象になります。 立派か、そうでないか。どちらで読まれるかは、書いた側では決まりません。
いまやっている手順は、評価の対象になりません。 読んだ人が、自分のところで使えるかどうかを判断するだけです。
同じ「自社について書く」でも、この二つは別のものでした。
本紙も、最初はこの形ではありませんでした
この号で、経歴の書き換えについて書いています。当社自身がどうしているかを書きます。
創刊準備号の第1号は、2,763字でした。今号は6,000字を超えています。
文体も違います。最初の6号は「〜だ」「〜である」で書いていました。7号目から「〜です」「〜ます」に変わっています。
小見出しもありませんでした。 事実・構造・自分事の3つの塊が、そのまま続いていました。号末に置いている4つの枠も、最初は3つです。「今月のモデル」は、22号目に足しました。
③の最後に置いている「明日できること」も、最初は文末の1行でした。
30本を作る間に、少しずつ形が決まってきました。
書き換えていません。
第1号は、いまも「〜だ」のまま公開されています。 形が決まる前の号が、決まる前の姿のまま残っています。
⭐ 19.7%との違いは、ここにあります。
完成した形だけを見せようとすると、過去を書き換えることになります。 いまの自分に合った過去を用意する必要が出るためです。
過程を残していれば、書き換える必要がありません。 変わったことが、そのまま置いてあるだけです。
⚠️ 経歴を消したことと、矛盾していません。 消したのは、自分がどういう人間かの表示です。残しているのは、そのとき何を書いたかの記録です。
明日できること
一つ目。自社のサイトにある会社案内や代表挨拶を開いて、最後に更新した日を確かめてください。
更新が止まっているなら、維持のコストを払えていない、ということです。 書いた時点で、現在に合わせ続ける仕事が発生しています。払えない量を書いていないか。
二つ目。そこに書いてある経歴や実績を、取引先の立場で読んでみてください。
判断するのは一点だけです。情報として読めるか、自慢として読めるか。
⚠️ 自慢として読めたとしても、書き直す必要はありません。 消すか、残すか、書き直すかは、そのあとの話です。先に確かめるのは、自分がどちらの形で書いているか、です。
書いた側では、読まれ方を選べません。 選べるのは、書くかどうかだけです。
今月のモデル
新しいAIが出るたびに、点数が並びます。ですが、点数と、自社の仕事で使えるかどうかは、別です。
今号は、新ネタ無しです。
CoBANTO3-AIチャット
https://www.netkomuten.tokyo/lp/co-banto3-ai
本紙のバックナンバーを記憶し、本紙の読み方(戦略の階層・歴史循環)で、あなたの会社の状況に当てて答えるAIチャットです。記事は「地図」ですが、地図は現地には当たりません。「この号の話、うちの場合はどうなるのか」を訊く場所として用意しました。
ご利用は事前購入のクレジット制です(1,000円から)。月額の契約ではないので、解約の手続きはありません。使った分だけ減り、無くなれば止まります。
読者登録をいただいた方に、無料クレジットを500クレジット追加させていただきました。ぜひ使ってみてください。
ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part2/articles/ch23
小さなIT企業の現場を書いた小説です。毎号1話ずつご紹介します。
今号の話:〈第二部 第23章「速いだけ」〉
AIに書かせて二日で仕上げた予約フォームが、公開前日に不具合を出します。担当した田中は、自分が流したコードの中身を説明できません。
Q&Aコーナー
AI・IT業界に関するご質問を募集しています。CoBANTO3-AIチャットのサポートも、こちらへお願いします。
いただいたお名前は匿名にして回答します。内容によっては、個別に回答させていただく場合があります。