2026年8月29日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
スマホで「天安門事件について」と訊いたら、答えが返りました
2026年8月27日、当社のAIシステムのOEM先(当社が作ったものを、相手先の名前で提供している取引先)との打ち合わせの後、雑談をしていました。
当社のCoBANTO3-AIチャットで、オープンウェイト(開発元が、モデルの中身にあたる数値の集まりを誰でも取得できる形で公開しているもの)のAIを試せるようにした、という話をしました。
DeepSeek(中国のDeepSeek社が、重みを公開しているモデル)が使えると分かると、担当者は強い興味を持って、私のスマートフォンで試しはじめました。
訊いた質問は「天安門事件について」です。
答えが返ってきました。
動いていたのは deepseek-v4-pro:0813 です。Ollama(AIのモデルを動かすための道具を配っている米国の会社)のクラウドで動いているもので、当社のシステムはそこへ接続しています。
私はその場で、こう説明しました。 中国が作ったモデルを米国に持っていって動かしているので、例の制限は付いてこない、と。
⚠️ ただし、なぜ答えたのかを、当社は確かめられていません。 後で調べましたが、確かめる材料が公開されていませんでした。 その顛末を、この号に書きます。
本家のページには「MIT」ライセンスと書いてあります
DeepSeekは、このモデルの中身をHuggingFace(AIのモデルを公開・配布する場所)で公開しています。リポジトリの名前は deepseek-ai/DeepSeek-V4-Pro-0813。
そこに書いてあること。
- ライセンス=MIT License(改変も商用利用も再配布も、条件をほぼ付けずに認めるもの)
- 開発元=DeepSeek-AI
- 総パラメータ数(モデルの規模を表す数値の個数)=1.7兆
- テンソル型(数値をどの精度で持っているか)=BF16、F32、F8_E4M3 ほか
- 先月のダウンロード数=90,822
⚠️ 書いていないこと。 安全性・制限・利用上の制約についての節が、ありません。 何に答えて何に答えないかは、開発元のページにも書かれていません。
Ollamaのページには、ライセンスも出どころも書いていません
同じモデルを、Ollamaは deepseek-v4-pro:0813-cloud という名前で配っています。タグ(版を区別する名前)の 0813 は、本家の DeepSeek-V4-Pro-0813 と一致します。
そこに書いてあること。
- 総パラメータ数=1.65兆(うち、一度の処理で実際に使われるのは490億)
- コンテキスト(一度に読み込める分量)=100万トークン(トークン=文章を細かく区切った単位)
- 思考モード3種(考えない/考える/最大限考える)
- ダウンロード数=363,400、更新は2週間前
書いていないこと。ライセンス。開発元。量子化(数値の精度を落として容量を減らす処理)。システムプロンプト(モデルに常に与えている前置きの指示)。テンプレート(入力を組み立てる決まった形)。
⚠️ 全部ありません。
そして、これはOllamaの方針ではありません。 同じ棚に並んでいる gpt-oss(OpenAIが公開しているモデル)のページには、Apache 2.0というライセンス名も、OpenAIという開発元も、量子化の方式(MXFP4、パラメータあたり4.25ビット)も書いてあります。
書く会社と、書かない会社があります。 qwen3.5(アリババ)のページも、ライセンスと開発元と量子化のどれも書かれていません。代わりに、ベンチマーク(性能を測る共通の試験)の表が20項目以上並んでいます。
なぜ正しく答えたのかは、3通り考えられます
まず、なぜこの質問だったのか。
中国国内で生成AIのサービスを提供する事業者は、「生成式人工智能服务管理暂行办法」(生成AIサービス管理暫行弁法。2023年8月15日施行)の対象になります。第4条に「社会主義の中核的価値観を堅持する」ことが定められ、国家政権の転覆を煽動する内容などを生成してはならない、と書かれています。
そのため、中国の企業が国内で提供するAIは、特定の政治的な話題に答えを返さない、あるいは公式の見解に沿った答えを返す、という報告があります。 天安門事件は、それを確かめる質問として使われます。
⚠️ 本紙は、本家のサービスでこの挙動を確かめていません。 確かめたのは、Ollamaのクラウドで動く deepseek-v4-pro:0813 が答えを返した、という一点だけです。
当社に分かるのは、「訊いたら、こう答えた」までです。
理由としては、少なくとも3通りが考えられます。
- Ollamaが、重みそのものに手を入れている。
- 公開されている重みと、本家のサービスで動いているものが、別物である。
- システムプロンプトや出力の層で、調整している。
⚠️ どれも、ページからは確かめられません。 ライセンスも、システムプロンプトも、テンプレートも、Ollamaのページには載っていないからです。
そして、このモデルはクラウドで動きます。 手元の機械に降りてこないので、中を開いて見ることができません。 手元で動かすモデルなら、前置きの指示や設定を表示させて確かめられます。cloud と付いたものは、向こうで動いています。
出典(一次):
- HuggingFace
deepseek-ai/DeepSeek-V4-Pro-0813(MIT License/開発元 DeepSeek-AI/1.7兆パラメータ/テンソル型/先月90,822ダウンロード/安全性・制限の節は無し)https://huggingface.co/deepseek-ai/DeepSeek-V4-Pro-0813 - Ollama
deepseek-v4-pro:0813-cloud(1.65兆パラメータ/100万トークン/思考モード3種/363,400ダウンロード/ライセンス・開発元・量子化・システムプロンプト・テンプレートは無し)https://ollama.com/library/deepseek-v4-pro - Ollama
gpt-oss(Apache 2.0・OpenAI・MXFP4/4.25ビットを明記)https://ollama.com/library/gpt-oss /qwen3.5(いずれも記載なし・ベンチマーク表20項目以上)https://ollama.com/library/qwen3.5 - 「生成式人工智能服务管理暂行办法」(中国・国家互联网信息办公室ほか7部門/2023年8月15日施行/第4条「坚持社会主义核心价值观」)https://www.cac.gov.cn/2023-07/13/c_1690898327029107.htm
- 当社の実見(2026年8月27日/CoBANTO3-AIチャット経由/
deepseek-v4-pro:0813/質問「天安門事件について」/回答あり) - ⚠️ 当社が確かめていないこと=本家DeepSeekのサービスで同じ質問をするとどうなるか。 比較していないため、「本家では答えない」とは書いていません。
② 構造
オープンウェイト(重み)を配布している場所ごとに、書いてある項目が減ります
同じモデルが、3つの場所を通って、手元に届いています。
| 誰が書いたページか | 書いてあること |
|---|---|
| 開発元が書いたページ(DeepSeek-AI/HuggingFace上) | ライセンス/開発元/規模/数値の精度/ダウンロード数 |
| 配る側が書いたページ(Ollama) | 規模/読み込める分量/思考モード/ダウンロード数 |
| 使う画面(当社のチャット) | 答え |
一段ごとに、項目が減ります。 一番情報が少ない場所が、一番よく使われる場所です。
⭐ 減っているのは、書いた人が変わるたびです。 HuggingFaceもOllamaも、モデルを配る場所です。違うのは、そのページを誰が書いたか。 開発元は自分が作ったものについて書き、配る側は自分が扱うものについて書きます。
⚠️ 誰も隠していません。 開発元は公開しています。配る側は、書かなかっただけです。それでも、使う人のところには届いていません。
残っている項目は、全部が数えられるものでした
残っている項目を見ると、共通点があります。
パラメータ数、読み込める分量、ダウンロード数、数値の精度。全部、数えられるものです。
消えている項目も、共通しています。 何に答えて何に答えないか。どういう前置きが与えられているか。誰が作った重みなのか。数えられません。
数えられるものは、比較の表に載ります。 載るから、書かれます。数えられないものは、表に載りません。 だから、書かれないまま残ります。
本紙はVol.25で、AIの点数について書きました(新しいAIが出るたびに順位表が並ぶが、点数と自社の仕事で使えるかは別、という話です)。同じ線が、ここにも出ています。 測れるものは配られる。測れないものは、自分で確かめるしかありません。
オープンウェイトでも、クラウドで動かせば手元には降りてきません
本紙は同じ形の区別を、これまで2回書きました。
- Vol.19=「無料で公開された」と「あなたが動かせる」は別(規模が大きすぎて、手元の機械では動きません)。
- Vol.22=「自社の設備で動かせる」と「誰でも持ち帰れる」は別(動かせると書いてあっても、重みを配っているとは限りません)。
3つ目が、これです。
「オープンウェイトを使っている」と「その重みが手元にある」は、別です。
手元の機械で動かせば、前置きの指示も、設定も、表示させて確かめられます。クラウドで動かすと、名前と規模しか見えません。 重みが公開されていることと、自分が動かしているものの中を見られることは、別の話です。
仕入れ先を一段たどると、書いてあることが増えます
これは、AIに限った話ではありません。
材料を仕入れて、加工して、納める。そのとき、自社の伝票に書いてある項目と、仕入れ先の伝票に書いてある項目は、違います。 産地、等級、ロット。一段上に行くほど、細かく書いてあります。
取引先から「これは何ですか」と訊かれたとき、答えられる範囲は、自分がどこまで辿ったかで決まります。 自社の伝票しか見ていなければ、自社の伝票に書いてあることしか言えません。
AIのモデルも、同じ形をしています。 使っている画面には、答えしか出ません。配る側のページには、規模が書いてあります。開発元のページまで行くと、ライセンスと開発元が書いてあります。
③ 自分事
OEM先に残した課題は、説明のほうでした
「それならリスクは低いから、うちでも使おうと思えば使えるの?」と訊かれました。
「もちろん使えます」と答えました。 MITライセンスなので、商用利用も改変も認められています。ただし、と一つ付けました。
「中国のモデルを使っていない、とは言えなくなりますけど」
技術的な安全と、取引先への説明は、別の勘定です。 動かして問題が起きないことと、「何を使っているか」を訊かれて答えられることは、別々に確かめる必要があります。そして、後者のほうが先に来ます。 訊かれるのは、たいてい導入の後です。
どこまで辿ったかが、そのまま説明できる範囲です
開発元のページまで辿れば、こう言えます。 「DeepSeek-AIが公開している DeepSeek-V4-Pro-0813 を、MITライセンスで使っています。Ollamaのクラウド経由です」。
配る側のページで止まると、こう言うしかありません。 「1.65兆パラメータのモデルです」。これは、何も説明していません。
⚠️ 辿っても分からないことは、残ります。 何に答えて何に答えないかは、開発元のページにも書かれていません。そこは「試して確かめた範囲では、こうでした」としか言えません。
数人なら自分で辿れます。数十人だと、辿った人と説明する人が別になります
数人の会社では、試すのも、調べるのも、説明するのも、同じ人です。 私がOEM先にその場で答えられたのは、動かしているものが分かっていたからです。
数十人になると、分かれます。 AIを選んで動かすのは担当者、取引先に説明するのは社長です。 担当者が開発元まで辿っていなければ、社長の手元には「1.65兆パラメータのモデルです」しか届きません。
手元で動くものには、辿る先がありません
この号で書いてきたのは、Ollamaのクラウドで動いているモデルです。 当社のシステムは、そこへ接続しています。だから、辿れます。 配っている側のページがあり、開発元のページがあります。
⚠️ 辿る先が無いものが、これから増えます。
オープンウェイトのモデルには、普通のパソコンで動く大きさのものが、たくさんあります。 1.65兆パラメータのものは動きませんが、小さいものは手元で動きます。しかも、気軽に試せます。 無料で、申し込みも要りません。
それが社内のあちこちで動き出したとき、会社は何が動いているかを把握できません。 クラウド経由なら、少なくとも接続の記録が残ります。担当者のパソコンの中で動いているものには、それがありません。
対策の形は、もう見えています。 社内にOllamaを立てて、外のクラウドへの接続を封じる。使えるモデルは、社内に置いたものだけにする。 そうすれば、何が動いているかを会社が持てます。
本紙はVol.36で、AIの鍵が退職時の手続きに載っていない、と書きました(社員が辞めたとき止めるものの一覧に、AIが入っていない、という話です)。同じ一覧に、もう一項目増えます。 誰が、どのモデルを、どこで動かしているか。ローカルで動くAIへの対応も、内部統制の項目になります。
⚠️ いますぐ必要だとは書きません。 数人の会社なら、まだ全部見えています。必要になるのは、社内の誰かが自分の判断でモデルを持ってきたときです。 そのときには、もう動いています。
明日できること
決裁は要りません。開いて、見るだけです。
- 自社で使っているAIの、提供元のページを開く。 ライセンスと開発元が書いてあるか見ます。書いてあれば、そこまでは説明できます。
- 書いていなければ、一段上を探す。 配っている会社と、作った会社は違います。モデルの名前で検索すると、開発元のページが出ます。
- 「何を使っているんですか」と訊かれたときの答えを、一度書いてみる。 書けない項目が、そのまま調べる先です。
- 振る舞いは、訊いて確かめる。 どこにも書いていないので、自社で使う質問を、実際に投げてみるしかありません。
- 社内で、自分のパソコンにAIを入れて動かしている人がいないか訊く。 動いていれば、それは会社の記録の外にあります。
最初の問いに戻ります。 うちは何を使っていることになるのか。答えは、どこまで辿ったかで変わります。 モデルは同じでも、説明できる範囲は、調べた分だけです。
今月のモデル
新しいAIが出るたびに、点数が並びます。ですが、点数と、自社の仕事で使えるかどうかは、別です。
今号は、新ネタ無しです。
CoBANTO3-AIチャット
https://www.netkomuten.tokyo/lp/co-banto3-ai
本紙のバックナンバーを記憶し、本紙の読み方(戦略の階層・歴史循環)で、あなたの会社の状況に当てて答えるAIチャットです。記事は「地図」ですが、地図は現地には当たりません。「この号の話、うちの場合はどうなるのか」を訊く場所として用意しました。
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ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
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小さなIT企業の現場を書いた小説です。毎号1話ずつご紹介します。
今号の話:〈第二部 第28章「"本物"とは何か」〉
社員一人ずつの分身AIを「本物にしろ」という宿題が出ます。過去の案件を全部読み込ませて賢くすると、返答はもっともらしくなりました。
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