INSEADとハーバード・ビジネススクールの研究者が、世界の高成長スタートアップ515社で、AIの使い方についての実験をしました。全社に同じAIの利用枠と同じ技術研修を配り、くじで選んだ半分にだけ、あるものを追加で見せました。見た側の会社は、AIの使いどころを44%多く見つけ、売上は見なかった側の1.9倍になりました。
① 事実
研究者たちは、AIが一つ一つの作業を速くすることは分かっていても、それが会社全体の業績に積み上がるかどうかの証拠は少ない、という問題から始めています。実験は、起業支援のプログラムに参加したスタートアップを、くじで二つに分けて行いました。道具と技術の条件はそろえ、違うのは一つだけです。結果は、使いどころの数、こなした作業、顧客、売上、資金の5つで測っています。
研究者たちは、515社に同じAIの利用枠と技術研修を配りました
論文は、INSEADのHyunjin Kim氏、Dahyeon Kim氏と、ハーバード・ビジネススクールのRembrand Koning氏による「Mapping AI into Production」です。2026年3月30日付で、INSEADのワーキングペーパー(査読前の研究論文)として公開されています。
対象は、INSEADの起業支援プログラム「AI Founder Sprint」に参加した、南北アメリカ、欧州、アジア太平洋、中東の高成長スタートアップ515社です。全社が、AIを外部のシステムから呼び出すための利用枠、最先端のAIモデル、技術研修を、同じように受け取りました。
実験の設計は、2025年9月に、米国経済学会の実験登録簿に事前に登録されています。
くじで選んだ半分には、他社がAIを中心に仕事をどう組み替えたかの事例を見せました
515社は、地域、事業の進み具合、AIの使いどころの多さで層に分けたうえで、くじで二つに分けられました。
片方の半分には、AIを前提にした会社が、仕事の流れ、チーム、事業の形を、AIを中心にどう組み替えたかという事例を見せ、会社全体でAIを使うよう促しました。もう半分は、一般的な起業の進め方についての講座を受けました。
事例を見た会社は、使いどころを44%多く見つけ、売上は1.9倍でした
事例を見た会社は、AIの使いどころを44%多く見つけました。多かったのは、製品開発と戦略の領域です。売上は、見なかった会社の1.9倍でした。外部から調達しようとする資金は少なく、人を雇う必要は変わりませんでした。
伸びは、上位の会社に集中していました
論文の抄録によると、売上と投資の伸びが大きかったのは、上位10%以上の会社です。研究者たちは、AIが普通の会社を少しずつ良くするより、上の会社が届く範囲を広げている形だと書いています。
研究者たちは、AIが会社のどこで、どう価値を生むかを見つけることを「マッピングの問題」と呼んでいます。そして、この見つける作業が、いまのAIから成果を引き出すうえでの主なボトルネック(全体の進み具合を決めている、いちばん狭いところ)になっている、と結論づけています。
出典:
- Hyunjin Kim, Dahyeon Kim, Rembrand Koning「Mapping AI into Production: A Field Experiment on Firm Performance」(INSEAD Working Paper No. 2026/20/STR、2026年3月30日) https://ssrn.com/abstract=6513481
- AEA RCT Registry「AI and Early Stage Venture Formation」(2025年9月12日登録) https://www.socialscienceregistry.org/trials/16746
- Harvard Business School Digital Data Design Institute「Everyone Has AI. Which Firms are Going to Win?」 https://aiinstitute.hbs.edu/everyone-has-ai-which-firms-are-going-to-win/
② 構造
INSEADとハーバードの実験で、AIの道具と使い方の技術は、515社すべてにそろえて配られました。差が出たのは、他社がAIを中心に仕事を組み替えた事例を見たかどうかです。道具があっても、どこに当てるかが見えていなければ、道具はいまの仕事の手伝いに使われます。本紙がこれまで点数で書いてきた段差を、くじで分けた実験が測った形です。
対照の会社も同じAIを受け取りましたが、使いどころは44%少ないままでした
実験の対照の側の会社も、同じAIと同じ技術研修を受けていました。それでも、見つけた使いどころは44%少なく、売上は伸びませんでした。
研究者たちの言う「マッピングの問題」は、道具の使い方が分からないことと、別の問題です。使い方は分かっていても、自社の仕事のどこに当てれば価値が出るかが見えない、という問題です。事例を見た側の使いどころが製品開発と戦略に多かったのは、見る前には、そこが当てる場所の候補に入っていなかったからだと読めます。
他社の組み替えを見ると、疑う前提の範囲が広がります
本紙はVol.25で、AIの使い方を点数で分けました。10点はエクセルの作業を自動化すること、50点はエクセルをいらなくすること、80点はその作業そのものを無くすこと、100点は何のためにやっているかから決めることです。上に行くほど、疑う前提の範囲が広がります。
道具と研修だけを渡されると、多くの会社はいまの作業を速くする10点の使い方から始めます。事例が見せたのは、仕事の流れやチームや事業の形を組み替えた会社です。見た側は、作業の手前にある前提まで疑う材料を受け取ったことになります。
INSEADとハーバードの実験は、Vol.71とVol.73の段差を測っています
本紙はVol.71で、中小企業の経営者の調査を取り上げました。AIを深く理解し、業務にどう当てるかを把握している人は8割がもう使っていて、当て方が分からない人は1割台でした。Vol.73では、外の技術者が作ったエージェントの7割が手放されるという予測と、作る前に考え方の土台が要ることを書きました。
どちらも、道具の前にある「どこに当てるか」の段差の話です。今回の実験は、その段差を、くじで分けた二つの集団の比較で測っています。