2026年8月30日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
経産省は、事務職に「約440万人の余剰が生じる可能性」と書きました
2026年3月、経済産業省が産業構造審議会(経産省の有識者会議)の新機軸部会に、「2040年の就業構造推計(改訂版)」という資料を出しています。2040年の日本で、どの職種に何人分の仕事があり、何人いるかを推計したものです。
資料の文章を、そのまま引きます。 「職種・学歴・地域間では需給ミスマッチが生じるリスクがあり、事務職(約440万人)や文系人材(約80万人)が余剰、AI・ロボット等利活用人材(約340万人)を含む専門職や現場人材(約260万人)、理系人材(約120万人)が不足する可能性」。
⚠️ 数字は「約」で丸めてあり、末尾は「可能性」です。 言い切っていません。資料の表には、丸める前の数値が載っています。 以下は、その表の数値です。
全産業の数値です。
- 就業者数=2022年の6,706万人から、2040年に6,303万人
- 事務職=437万人の余剰
- 専門職=181万人の不足。うち「AI・ロボット等利活用人材」が339万人の不足
- 現場人材(生産工程・建設・サービスの職種を集めた区分)=260万人の不足。うち生産工程従事者が206万人の不足
「AI・ロボット等利活用人材」は、資料の言葉です。 定義は注に書かれています。就業構造基本調査(総務省が行っている、就業の状態についての統計調査)の職業分類のうち、機械技術者やその他の情報処理通信技術者などの職種を集計したもの。
⚠️ AIを使いこなせるかどうかを測った数字ではありません。 職業分類の欄が、その職種になっている人を数えたものです。2022年の実数は236万人。 2040年に782万人必要で、443万人しかいない。この差が339万人です。
AIに置き換えられる人数も、別の数字です。 そちらは事務職の側に出ています(後述)。
⚠️ 全体では、過不足がありません。 資料は「全体で大きな不足は生じない」と書いています。都道府県別の表でも、全国の行は0です。人口が減って就業者は403万人減りますが、AI・ロボットの利活用と労働の質の向上で約200万人分の労働需要が効率化される前提が置かれています。
足りない職種と余る職種が、同時に出ています。
この推計は、投資の計画を作るための前提資料でした
資料が配られたのは、2026年3月5日の産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会です。 その日の議題は「『新技術立国・競争力強化』の実現等に向けた課題と政策の方向性について」で、この推計は参考資料でした。
井野俊郎経済産業副大臣が、冒頭で狙いを言っています。 「責任ある積極財政の下での積極的な投資、そしてまた、日本成長戦略会議における17分野の官民投資ロードマップの策定も行う予定で、その前提となる議論になるかと思います」。
⚠️ 人が足りるかどうかを予測した調査ではありません。 前提が先に置かれています。国内投資を名目4%で伸ばして2040年度に200兆円(官民の目標)、GDPの成長率は名目3.1%(実質1.7%)。この投資が実現した場合に、どの職種とどの地域で人が足りなくなるか。 その逆算です。
同じ資料に、投資の案件ごとの必要人員も載っています。 半導体工場に1.5兆円を投じると、運営が始まってから毎年1万人。建設の期間は8,600人。洋上風力に5,000億円で240人。投資を誘致したときに、その地域に人がいるかを見る表です。
339万人の不足は、全産業を足した数字でした
資料には、産業別の内訳が載っています。AI・ロボット等利活用人材の需給を、主な産業で分けたものです。
| 産業 | AI・ロボット等利活用人材 |
|---|---|
| 情報通信業 | 102万人の余剰 |
| 製造業 | 125万人の不足 |
| 卸売業、小売業 | 77万人の不足 |
| 建設業 | 26万人の不足 |
| 運輸業、郵便業 | 26万人の不足 |
| 宿泊業、飲食サービス業 | 21万人の不足 |
| 農林水産業 | 7万人の不足 |
情報通信業だけ、符号が逆です。
⚠️ 資料の注に、表には主要な産業しか載せていないため合計は一致しない、と書かれています。 全産業を足した数字が339万人の不足で、そこから主な産業を抜き出した表がこれです。
事務職437万人の余りも、製造業では40万人の不足でした
同じ表に、事務職の内訳もあります。
情報通信業で50万人の余剰、運輸・郵便で27万人、卸売・小売で26万人、建設で20万人の余剰。製造業は40万人の不足です。
全国で437万人余ると試算されている職種が、製造業では足りません。
事務職の需要1,039万人は、仕事の32%が機械に移った後の数字です
この推計で、2040年の事務職の労働需要は1,039万人、供給は1,476万人。差が437万人です。
この需要は、どこから出ているか。 資料の11ページに、三つの数字が並んでいます。
- 生成AI・ロボット等の導入なし=1,530万人
- 今回の推計(全国版就業構造推計)=1,040万人(3ページの表は1,039万人)。<strong>代替率は32%</strong>(その職種の労働時間のうち、AI・ロボットで代替できる時間の割合)
- 生成AI等の進展が加速すると仮定した場合=680万人
437万人の余剰は、真ん中の前提で計算されたものです。 三番目の仮定を取ると、需要は680万人まで下がります。
運搬従事者も同じ形で並んでいます(240万人→200万人→130万人)。人と接する職種は幅が小さく、保健医療サービス職業従事者等は62万人→61万人→52万人です。
出典(一次情報):
- 経済産業省 経済産業政策局「2040年の就業構造推計(改訂版)について」(2026年3月/産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 参考資料2)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/030_s02_00.pdf
- 全国の職種間ミスマッチ(3ページ)=専門職 -181万人/うちAI・ロボット等利活用人材 -339万人/事務職 +437万人/現場人材 -260万人。産業別の内訳も同ページ。
- 生成AI・ロボット等の進展による影響(11ページ)=事務従事者 1,530万人/1,040万人/680万人。
- 試算方法(8ページ)=労働需要の職種分解に「AI・ロボットによる職種ごとの自動化可能性」を加味。労働供給の職種分解は「就業構造基本調査の過去トレンドを用いて分解」。
- 前提=2025年6月「第4次中間整理」の2040年産業構造推計(新機軸ケース)。国内投資は名目+4%で2040年度200兆円。
- 第30回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会(2026年3月5日開催/議事次第・配布資料・議事録)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/030.html
- 議事録=井野俊郎経済産業副大臣の冒頭挨拶(17分野の官民投資ロードマップの前提となる議論)/福田映美委員(日本共創プラットフォーム マネージングディレクター)/首藤若菜委員(立教大学経済学部教授)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/030_gijiroku.pdf
- 当社の実見(2026年8月/取引先に「似た会社はどこか」と訊かれたときの回答=「近いのはPalantir」)
- ⚠️ 当社が確かめていないこと=⑴この推計の妥当性(資料に書かれている数字と前提を、そのまま読んでいます)⑵Palantirの中で、その職種が実際にどう運用されているか(職種名とその説明までしか確かめていません)
② 構造
就業者の合計は足ります。足りないのは、職種の中身です
経産省の推計で、2040年に働く人の数は、必要な数とほぼ一致します。 全国の過不足は0。人手が足りなくなるとは、書かれていません。
⚠️ 足りないのは、人数ではなく職種の組み合わせです。 どの仕事に何人要るかと、どの仕事に何人いるかが、ずれます。
それでも、事務職は437万人余り、AI・ロボット等利活用人材は339万人足りません。 全国の0は、この二つを含めて打ち消し合った後の数字です。
本紙はVol.19で、同じ形の数字を扱いました(ある会社で毎月16,000人が減っていたが、その裏で9,000人が増えていた、という話です)。表に出ている一つの数字は、逆向きの流れの差でしかありません。
今回は、差し引きの相手が社内にいません。 余っている場所と足りない場所が、別の産業にあります。
情報通信業に102万人余り、製造業に125万人足りません
同じ職種の区分で、産業をまたぐと符号が変わります。
情報通信業では、AI・ロボット等利活用人材が102万人余ります。製造業では125万人足りません。この二つを足すと、23万人の不足です。 全国の339万人は、こうした足し引きの結果です。
⭐ 人が足りないのではありません。人が、足りない場所にいません。
事務職も同じ形をしています。 全国では437万人余りますが、製造業では40万人足りません。「事務職が余る時代」という読み方は、製造業の会社には当てはまりません。
需要は動かし、供給は延ばして計算しています
なぜ、こういう差が出るのか。 資料の試算方法に書かれています。
<strong>労働需要の側</strong>は、職種ごとに分けるときに<strong>「AI・ロボットによる職種ごとの自動化可能性」を加味しています。</strong> 事務職の需要が1,530万人から1,040万人へ下がるのは、この計算です。
<strong>労働供給の側</strong>は、職種ごとに分けるときに<strong>「就業構造基本調査</strong>(総務省が行っている、就業の状態についての統計調査)<strong>の過去トレンドを用いて分解」しています。</strong> これまで人がどの職種に就いてきたか、その動き方を延ばしたものです。
需要は動く前提で、供給は今までどおりの前提です。
⚠️ 前提は、資料に明記されています。 この推計が言っているのは、「仕事の側だけが変わって、人の動き方が今までどおりなら、2040年にこうなる」ということです。
⇒ 339万人という数字は、人が足りなくなる予測ではなく、人が動かなかった場合の差です。
足りない側は、AIが無くても足りません
供給の側の数値を、2022年と並べます。
| 職種 | 2022年の就業者数 | 2040年の供給 |
|---|---|---|
| 事務職 | 1,455万人 | 1,476万人 |
| 現場人材 | 3,637万人 | 3,023万人 |
| うち生産工程従事者 | 835万人 | 525万人 |
| AI・ロボット等利活用人材 | 236万人 | 443万人 |
現場人材は、614万人減ります。 工場で手を動かす人に絞ると、835万人が525万人。310万人減ります。
この減り方に、AIは入っていません。 供給の側は、過去の流れを延ばして計算されているからです。人口が減り、その仕事に就く人が減ってきた。その流れが、そのまま続きます。
⭐ AIが動かしているのは、需要の側だけです。 事務職の需要を1,530万人から1,039万人へ押し下げているのが、AI・ロボットの効果です。現場が足りないのは、AIが来る前から続いています。
⚠️ しかも、現場の需要にもAIの効果は入っています。 運搬の仕事は、AI・ロボットで16%が代替される前提で計算されています(240万人→200万人)。それでも260万人足りません。
⭐ そして、余っている場所がありません。 現場人材で余剰が出るのは、運輸・郵便が26万人、情報通信業が13万人、宿泊・飲食が12万人。主な産業を合わせて51万人です。 製造業だけで256万人足りません。工場で手を動かす人(生産工程従事者)に絞ると、余剰は情報通信業の2万人だけです。
AIを扱う人には、余っている場所があります(情報通信業に102万人)。現場人材には、ありません。 同じ「足りない」でも、埋め方が違います。
全国の数字は、自社の符号を教えません
これは、雇用に限った話ではありません。
人手不足、賃上げ率、原材料の値上がり、利益率。業界紙や白書に載るのは、全産業を足した数字です。 自社の業種で開くと、符号が逆になっていることがあります。
本紙はVol.02で、規模で符号が逆になる話を書きました(大企業はAIで人を減らすが、中小企業は同じAIで人を減らせない、という話です)。今回は、産業で逆になっています。
⭐ 合計の数字を見て自社の話に当てはめるとき、確かめる場所は一つです。 その表に、自分の業種の行があるか。あれば、そこを見ます。