CoBANTO3-AI

創刊準備号 Vol.39 / モデルの値段は1/10になりました。1件あたりの推論コストは5倍になります——うちの請求書は、どっちに動く?

先月のAIの請求書を、単価と回数に分けられますか。

2026年08月31日 購読者限定

2026年8月31日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦

① 事実

Z.aiは「前モデルの1/10の価格」と書きました

2026年8月、中国のZ.aiがGLM-5.3-FlashというAIモデルを公開しました。オープンウェイト(開発元が、モデルの中身にあたる数値の集まりを誰でも取得できる形で公開しているもの)で、ライセンスはMITです。

公開されているモデルカード(開発元が書いた説明文)に、こう書いてあります。

総パラメータ3,200億・活性パラメータ180億で、ベンチマークと実務の作業の両方で GLM-5.2 を上回る。それも10分の1の価格で。 コーディングとエージェントのベンチマークでは Claude Opus 4.8 に接近する。
タグ=料金

パラメータはモデルの規模を表す数値の個数で、活性パラメータは一度の処理で実際に使われる分です。ベンチマークは、性能を測る共通の試験のことです。

⚠️ これは開発元の主張です。 本紙は性能を確かめていません。確かめたのは、そう書いてあることまでです。

OpenAIが下げたのは、3か月間の値段でした

同じ月、OpenAIがAPI(他社のソフトウェアからAIを呼び出す仕組み)向けのGPT-5.6 Solの価格を下げました。

  • 入力=100万トークン(文章を細かく区切った単位)あたり5.00ドルから4.00ドルへ
  • 出力=100万トークンあたり30.00ドルから20.00ドルへ
  • キャッシュ(一度送った入力を保持して、次回に安く使い回す分)=0.50ドルから0.40ドルへ

⚠️ 適用期間が決まっています。 発表には2026年8月21日から11月21日までと書かれています。3か月です。

単価は下がっています。 それも、片方は3割以上。ただし、11月22日に元へ戻ります。

Gartnerは、1件あたりの推論コストが2028年までに5倍を超えると予測しました

2026年8月17日、調査会社のGartnerが「AI推論のコストは、エージェントの作業1件あたりで2028年までに5倍以上に増える」という予測を出しました。推論は、AIが答えを出すために計算する処理のことです。

発表の副題が、そのまま論点になっています。

単位あたりの経済性が良くなることが、AIの総コストを押し上げている。 それに見合う価値へ至る道筋は、はっきりしないまま。

発表本文の説明です。 AIの製品が、補助する機能から、複数の手順を自分で実行するものへ変わってきた。そこで、下がったモデル価格が、より複雑な処理を成り立たせ、AIの総コストを押し上げている。

シニアディレクターアナリストのWill Sommer氏の発言。

製品の責任者は、トークンあたりの経済性が良くなったことを、AIのコストを正当化する理由にできません。 AIの能力は世代が進むたびに、より多くの、そしてしばしばより高価なトークンを必要とします。信頼できて経済的な、万能のモデルは見当たりません。

もう一つ、具体的な数字があります。 単純なチャットへの問い合わせと比べると、自分で考えて動くAIに同じ作業を回した場合、提供側の推論コストは少なくとも5倍になり、作業が複雑になるほど、さらに大きくなる。

世界のAI支出は2.59兆ドル、前年比47%増(2026年5月の予測)

Gartnerは2026年5月19日に、別の予測も出しています。2026年の世界のAI支出は2兆5,900億ドル、前年比47%の増加。

副題にこう書かれています。 この2.59兆ドルはベンダーとハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)が中心で、企業はまだ支出の力を発揮していない。

ディスティングイッシュトVPアナリストのJohn-David Lovelock氏によれば、AIインフラ(AI向けのクラウド、サーバー、ネットワーク機器、半導体)が市場最大の区分で、支出の45%超を占めます。AI向けサーバーへの支出は、今後5年で3倍。

出典(一次情報):


② 構造

恒久の値下げは、1件もありません

①で挙げた2件を、もう一度開きます。

GLM-5.3-Flashの10分の1は、開発元が自社のモデルカードに書いた数字です。 本紙は確かめていません。

GPT-5.6 Solの値下げは、3か月です。 8月21日から11月21日まで。

⭐ どちらも、来年の予算に入れられる数字ではありません。

「安くなった」という知らせは届きます。 その中身が、恒久の値下げなのか、期間限定の値段なのか、開発元の主張なのかは、開かないと分かりません。

Gartnerはこれを「推論のパラドックス」と呼んでいます

単価は下がっています。 GLM-5.3-Flashは前モデルの10分の1、GPT-5.6 Solは入力で2割・出力で3割。

それでも、支払いは増えます。 1件あたりの推論コストは5倍以上、世界の支出は47%増。

Gartnerは、この形に名前を付けています。 推論のパラドックス(Inference Paradox)。定義は「単位あたりの経済性が良くなることが、AIの総コストを押し上げ、それに見合う価値への道筋がはっきりしないこと」です。

安くなると、使い方が変わります

なぜ、単価が下がると総額が増えるのか。 Gartnerは3つの動きを挙げています。

  1. 基盤になるモデルのコスト効率は、急速に良くなっている。
  2. 効率が良くなると、より強力で、より高価なモデルを使えるようになる。
  3. 手の込んだ作業の流れは、単純なチャットよりはるかに多くのトークンを使う。

発表本文の一文が、芯です。

トークンは確かに安くなっている。ただし、AIの能力と、その能力にかかるコストが増える速さには追いついていない。

⭐ 安くなったから、前はやらなかった処理をやります。 一度で答えを出させていたものを、何度も考えさせる。人が確かめていた工程を、AIに回す。単価が下がったぶん、回数と量が増えます。

戦術の層は改善し、戦略の層は悪化します

トークン単価は、戦術の数字です。 交渉でも、モデルの選び替えでも動かせます。

総支出は、戦略の数字です。 何をAIにやらせるかで決まります。

⭐ この二つは、逆に動きます。 単価が下がると、やらせることが増える。やらせることが増えると、総額が上がる。単価だけを見ていると、上がっていることに気づきません。

本紙はVol.06で、AIの請求書は人数では決まらない、と書きました(席の数で払う仕組みと、使った量で払う仕組みでは、増え方が違う、という話です)。今回は、その一段外側です。 単価が下がっても、量が増えれば請求書は増えます。

45%超は、まだ土台に張られています

2.59兆ドルの中身を見ると、45%超がインフラです。 クラウド、サーバー、ネットワーク機器、半導体。

Gartnerは「企業はまだ支出の力を発揮していない」と書いています。 いま動いている巨額の金は、ベンダーとクラウド事業者のあいだにあります。

⚠️ 読者の会社に降りてくるのは、この後です。 土台に金が集まり、応用は遅れて広がる。いま報じられている数字は、まだ手前の話です。


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