2026年9月2日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
OpenAIが、中身を見ずに悪用を見つける仕組みを出しました
2026年8月19日、OpenAIが「フロンティアモデルへのゼロデータ保持の提供」という発表を出しています。
ゼロデータ保持(ZDR) は、同社が対象のAPI顧客(API=他社のソフトからAIの機能を呼び出すための口)にしている約束です。資料の文章を、そのまま引きます。「リクエストの処理後にプロンプトやモデルの応答を保持しません。OpenAI の担当者は顧客コンテンツをレビューできず、企業顧客が明示的にオプトインしない限り、そのデータがモデルの学習に使用されることもありません」。
今回出たのが「プライベート・セーフティ処理」です。「OpenAI の担当者が元のコンテンツにアクセスすることなく、関連するやり取り全体からパターンを特定できるよう設計された」もの。
⭐ 成り立たせているのは、鍵です。 データをOpenAI側に置く場合は、顧客が管理する鍵で暗号化する。「OpenAI の担当者はその鍵のコピーを保有しないため、元のコンテンツにはアクセスできません」。
リスクが見つかったときに外へ出るのは、中身ではありません。「関連する活動の種類を示す、範囲を厳密に限定したシグナル」だけです。
一回ずつ見て、終われば消していました
企業が業務でAIを使うときは、APIを通します。 質問を送ると、答えが返る。この一往復が「一件」です。
危険がないかは、その一往復ごとに、機械が見ています。 見終われば、内容は残りません。それがゼロデータ保持です。
⇒ 前の回と、次の回が、つながりません。
同じ発表に、その限界が書いてあります。「既存の ZDR 対応安全システムは、やり取りを一件ずつ評価します」。
一回だけなら普通に見えることが、何回か並べると別の形になります。 発表が挙げている例のひとつが、「停止するよう指示された後もシステムが動作を続け、ユーザーの意図から逸脱する」。悪意のある人間が出てこない例です。AIエージェント(人が逐一指示しなくても、自分で手順を判断して動くAI)が動いている最中に起きます。
いまは、テストの段階です
「現在、プライベート・セーフティ処理を初期顧客とともにテストしています」。 提供が始まったわけではありません。「9 月には、プライベート・セーフティ処理の段階的な提供を開始し、技術ホワイトペーパーを公開する予定です」。
なぜ出たのかも書かれています。「最近の一部のフロンティアモデル導入では、安全性を監視するため、AIプロバイダーによる機密コンテンツの保持を顧客が認める必要がありました」。⚠️ どの導入かは書かれていません。
⚠️ 当社が確かめていないこと=仕組みの技術的な中身です。 ホワイトペーパーが未公開のため、読んだのは発表ページだけです。
② 構造
見ないまま見張れるのは、鍵を渡していないからです
信頼は「見ない」ことで作られます。悪用の発見は「見る」ことでしかできません。 同じデータを、二つの要求が取り合います。
これまでの解き方は、時間で分けることでした。 流れていく最中だけ機械が見て、終わったら消す。⇒ 一件で完結する危険は拾えますが、またがる危険は誰も見ていないことになります。
今回動いたのは、鍵の持ち主です。
データは外に置いてもかまいません。暗号を解く鍵さえ渡さなければ、置いた先の人にも中身は読めません。 置き場所と、読める人が、切り離されました。⇒ 会社が決めることが変わります。「どこに置かないか」ではなく、「鍵を誰に渡すか」。
ただし、判断のほうは外へ出ています
中身は渡っていません。 ですが「この種類の活動が起きた」というシグナルは出ます。中身についての判断だけが、外へ出ている。
⚠️ これを問題だと言っているのではありません。 悪用を見つけるには、何かは出す必要があります。書いておきたいのは、「見ていない」という言葉が指す範囲が、以前より広くなったということです。
本紙はVol.11で、監査は自分の物差しを検査できないと書きました。 今回も同じところに立っています。「担当者はアクセスできない」を確かめる方法は、その仕組みを作った側の説明を読むことです。
③ 自分事
同じ問いが、あなたの机の上にあります
ここまではOpenAIの話でした。ここからは、数十人の会社の話です。
顧客の名簿、図面、決算書、給与の一覧。取引があれば、何かを預かっています。
そして、守っている体裁は、たいてい整っています。 ISMS(情報セキュリティの認証)やプライバシーマークを取り、部屋はカードキーで開け、警備会社の警戒が入っている。
⚠️ その同じ会社で、ファイルは平文のまま共有フォルダに置いてあり、パソコンのパスワードが「123456」だったりします。 珍しいことではありません。
⇒ 認証も、カードキーも、警備も、書類と設備で確かめられます。 ファイルが暗号化されているかどうかは、設定を開かないと分かりません。
その設定を開く道具は、もう手元にあります。ストレージ(パソコンの中でデータを保存している部品)を丸ごと暗号化する機能は、WindowsにもMacにも入っています。 追加で買うものはありません。
原理は、OpenAIが説明しているものと同じです。 鍵を持っていない人には、中身が読めない。違うのは規模と、誰が鍵を持つかだけです。
「暗号化されている」と「守られている」は、別です
⭐ Macを見ると、はっきりします。
AppleシリコンとApple T2セキュリティチップを載せたMacは、最初から暗号化されています。 ではFileVaultをオンにすると何が変わるのか。Appleの説明では、「ログインパスワードを入力せずにデータの暗号化を解除したりデータにアクセスしたりできないようにする」。
⇒ 暗号化はもう済んでいます。オンにして足されるのは、あなたのログインパスワードを知らない人には開けない、という一点です。
Windowsにも、同じことが書いてあります。「デバイスがローカル アカウントのみを使用している場合、データは暗号化されていても保護されません」。ローカルアカウント(そのパソコンの中だけで作ったアカウント)だけで使っていると、暗号を解くための予備の鍵(回復キー)が、どこにも預けられていない状態になります。
⇒ 両方とも、同じことを言っています。暗号化は始まっている。足りないのは、それを誰が開けられるかを決めることです。
⚠️ 一つだけ、思い違いが多いところがあります。「ログインパスワードをかけているから大丈夫」。ディスクを抜かれると、これは効きません。 別の機械に挿せば、そちらのOSで読みます。Microsoftの公式文書も、「デバイスのハード ドライブを別のデバイスに転送することによる未承認のアクセスに対して脆弱です」と書いています。暗号化していて、はじめて抜かれても読めなくなります。
設定の画面に、どちらか書いてあります
Macは、FileVaultがオンかオフか。 Windowsは、暗号化がオンかどうかと、サインインがMicrosoftアカウントか、そのパソコンだけのアカウントか。
⚠️ 変える話ではありません。 オンにするのも、アカウントの使い方を変えるのも、決裁が要ります。いまどうなっているかは、決裁なしで分かります。
外付けのバックアップも、別に見る必要があります。 本体を守っても、外付けは机の上に置いてあります。持ち歩いている人もいます。従業員の自宅の机にあるかもしれません。
⇒ カードキーで守れるのは、部屋の中にあるものだけです。
当社のチャットは、どこまで暗号化しているか
ここまでは、パソコンと外付けの話でした。当社が提供しているものについても、同じことを書いておきます。
CoBANTO3-AIチャットの個人チャットには、E2EE(End-to-End Encryption=端から端までの暗号化。途中で預かっている側でも、中身が読めない形)を載せています。 画面は5分離れると自動でロックし、解除はパスキー(端末の指紋や顔で解錠する仕組み。パスワードを使いません)で行います。
⚠️ 新しいことをしたのではありません。 E2EEそのものは、メッセージングアプリが以前から載せているものと同じ仕組みです。 パソコンの暗号化も含めて、もう常識になっているものを、チャットにも入れただけです。
⚠️ ここで、暗号化を二つに分ける必要があります。
一つ目は、通信そのものの暗号化です。 ブラウザのアドレス欄が https で始まっていれば、これが効いています(TLS)。途中の回線で誰かが覗いても、中身は読めません。 当社のチャットも、AIへの問い合わせも、ここは全部やっています。いまどきの通信は、たいていそうなっています。
二つ目は、中身そのものの暗号化です。 通信の暗号は、届いた時点で解かれます。 そこから先、受け取った相手が読めるかどうかは、別の話です。
⇒ 今回OpenAIが動かしたのは、二つ目のほうです。「担当者はアクセスできない」も「鍵のコピーを保有しない」も、届いた先の話をしています。
当社の会話は、二つ目まで暗号化しています。 ⚠️ ただし、AIに問い合わせる区間だけは、一つ目までです。 回線は守られていますが、届いた先では読める形になります。
⇒ そこを二つ目まで届かせるには、AIを提供している側が「読まないまま答える」形にならないと埋まりません。 こちらの努力だけでは、届かない場所です。
OpenAIが8月に出したのは、その方向の一歩です。 布石の段階で、まだテスト中です。⇒ 当社が待っているのは、AIの賢さではありません。預けた中身を、誰が開けられるかの話です。
AIやSaaSのベンダーだけの話ではありません。 顧客から何かを預かっている会社は、全部その中にいます。問われているのは、預かったものを誰が開けられるかです。
出典(一次情報):
- OpenAI「フロンティアモデルへのゼロデータ保持の提供」(2026年8月19日/日本語版公式)https://openai.com/ja-JP/index/offering-zero-data-retention-for-frontier-models/
- ZDRの定義=「リクエストの処理後にプロンプトやモデルの応答を保持しません。OpenAI の担当者は顧客コンテンツをレビューできず、企業顧客が明示的にオプトインしない限り、そのデータがモデルの学習に使用されることもありません」
- 従来の限界=「既存の ZDR 対応安全システムは、やり取りを一件ずつ評価します」
- 鍵=「OpenAI の担当者はその鍵のコピーを保有しないため、元のコンテンツにはアクセスできません」
- 検知の形=「関連する活動の種類を示す、範囲を厳密に限定したシグナル」
- これまでの条件=「最近の一部のフロンティアモデル導入では、安全性を監視するため、AIプロバイダーによる機密コンテンツの保持を顧客が認める必要がありました」
- 段階=「現在、プライベート・セーフティ処理を初期顧客とともにテストしています」/「9 月には、プライベート・セーフティ処理の段階的な提供を開始し、技術ホワイトペーパーを公開する予定です」
- ⚠️ 当社が確かめていないこと=仕組みの技術的な中身。 技術ホワイトペーパーが未公開のため、発表ページの記述に依拠しています。
- Apple「MacでFileVaultを使ってデータを暗号化する」(macOSユーザガイド)https://support.apple.com/ja-jp/guide/mac-help/mh11785/mac
- 「AppleシリコンまたはApple T2セキュリティチップを搭載したMac」は自動的に暗号化される/FileVaultの役割=「ログインパスワードを入力せずにデータの暗号化を解除したりデータにアクセスしたりできないようにする」
- Microsoft「BitLocker の概要」(2026年8月24日更新)https://learn.microsoft.com/ja-jp/windows/security/operating-system-security/data-protection/bitlocker/
- 「デバイスがローカル アカウントのみを使用している場合、データは暗号化されていても保護されません。」
- ディスクの移し替え=「デバイスのハード ドライブを別のデバイスに転送することによる未承認のアクセスに対して脆弱です」
今月のモデル
新しいAIが出るたびに、点数が並びます。ですが、点数と、自社の仕事で使えるかどうかは、別です。
今号は、新ネタ無しです。
CoBANTO3-AIチャット
https://www.netkomuten.tokyo/lp/co-banto3-ai
本紙のバックナンバーを記憶し、本紙の読み方(戦略の階層・歴史循環)で、あなたの会社の状況に当てて答えるAIチャットです。記事は「地図」ですが、地図は現地には当たりません。「この号の話、うちの場合はどうなるのか」を訊く場所として用意しました。
ご利用は事前購入のクレジット制です(1,000円から)。月額の契約ではないので、解約の手続きはありません。使った分だけ減り、無くなれば止まります。
読者登録をいただいた方に、無料クレジットを500クレジット追加させていただきました。ぜひ使ってみてください。
ライトノベル「ようこそ、東京ネット工務店へ」
https://www.netkomuten.tokyo/channels/novel-tnk-part2/articles/ch31
小さなIT企業の現場を書いた小説です。毎号1話ずつご紹介します。
今号の話:〈第二部 第31章「断るべき案件」〉
「AIで安く速く」に頼んだ通販サイトが、決済が二重に走り、在庫が合わず、繁忙時間に落ちるようになります。作った会社とは連絡が取れません。他社二社も、見て逃げました。その社長が、桜井のところへ来ます。
Q&Aコーナー
AI・IT業界に関するご質問を募集しています。CoBANTO3-AIチャットのサポートも、こちらへお願いします。
いただいたお名前は匿名にして回答します。内容によっては、個別に回答させていただく場合があります。