2026年8月19日/株式会社東京ネット工務店 海老沢敦
① 事実
欧州が、最先端AIを作る会社を、公募で1社に決めた
2026年2月、欧州委員会が Frontier AI Grand Challenge(フロンティアAI大挑戦)という公募を出しました。欧州で最先端のAIを作る担い手を、公募で選ぶというものです。
2026年6月19日、勝者が決まりました。EUROPA という企業連合です。単独の勝者で、二番手はありません。
- 主導=Domyn(ミラノの企業。2016年に iGenius の名で創業)
- 参加=Fraunhofer-Gesellschaft(ドイツ最大の応用研究機関)
- 目標=4000億パラメータを超えるモデル(パラメータ=AIの規模を示す数。学習の結果として決まる内部の係数の個数)
- EU公用語24言語すべてに対応する
- オープンウェイト(重み=学習の結果できたデータ本体を公開し、誰でもダウンロードして自社の設備で動かせる形)で出す
Domyn の CEO Uljan Sharka は6月25日、ロイターの取材に、1年以内に用意すると答えています。
渡されたのは、EU共同スパコンの2.5%を1年ぶん
そのために渡された資源が、公表されています。
- EuroHPC(EU加盟国が共同で運用するスーパーコンピュータ網)の計算能力の、最大2.5%を1年間
- NVIDIA Blackwell を6,000チップ積んだクラスタ
⚠️ 出所を分けておきます。 「2.5%を1年」は、EUが運営するフォーラムの寄稿と報道の双方にあります。 「6,000チップ」「1年以内」「単発の割り当てとして過去最大」は、報道にしかありません。
2.5%という数字は、小さく見えます。 報道では、欧州のAIプロジェクトに対する単発の割り当てとして過去最大と説明されています。欧州が出せる最大級を出して、2.5%と1年です。
もう一つのプロジェクトは、80億パラメータから始めている
欧州にはもう一つ、公的な大型プロジェクトがあります。OpenEuroLLM です。
2025年12月12日の公式発表によれば、同プロジェクトは EuroHPC の複数センターにまたがる戦略的アクセスを確保しました。1000万GPU時間超(GPU時間=AIの計算を担う演算装置を1台1時間動かす単位)。AIプロジェクトとしては初の枠組みだと書かれています。
⚠️ ここから先は二次情報です。 予算 3,740万ユーロ、参加 20組織、2025年2月開始。目標はまず80億パラメータのモデル、その後により大きなものへ、と報じられています。公式サイトにこれらの数字の記載は見当たりませんでした。
中国のモデルは、7月に2.8兆パラメータを公開し終えていた
2026年7月27日までに、中国の Moonshot AI が Kimi K3 の重みを全部公開しました。 同社の公式ブログに書かれている規模は、2.8兆パラメータ。コンテキストウィンドウ(AIが一度に読み込める文章の量)は100万トークンです。
一方、欧州で最大のオープンウェイトモデルは Mistral Large 3(フランスの Mistral AI)。Hugging Face(AIモデルの公開・配布サイト)にある公式のモデルカードには、総パラメータ6750億、活性化パラメータ410億と書かれています。ライセンスは Apache 2.0(商用利用も改変も自由な条件)。
活性化パラメータというのは、こういうことです。 このモデルは MoE(混合専門家=内部を多数の部品に分け、入力ごとに一部だけを動かす構造)で作られています。文章を1文字ぶん処理するたびに動くのは、6750億のうち410億です。
⚠️ 同じモデルカードの中に「673B params and 39B active」という別表記も残っています。 数字が揺れているので、そのまま書いておきます。
EUが運営する場に、「重みの公開だけでは主権にならない」と書かれている
2026年7月20日、欧州委員会が運営する Apply AI Alliance(産業界向けのAI普及フォーラム)のコミュニティ投稿に、Jose Carretero 氏が寄稿しています。
重みの公開だけでは、主権は保証されない。ダウンロードできるモデルであっても、学習データが不透明であったり、保守の将来が不確かであったり、制限的なライセンス条件があったり、欧州の外で管理されているインフラやツールに依存していたりすることは、依然としてありうる。
⚠️ これは欧州委員会の公式見解ではありません。 フォーラムへの個人の寄稿です。ただし、EUが自分で運営している場に、EUの取り組みへの評価として載っています。
同じ投稿に、5つの提言が並んでいます。1番目と5番目を引きます。
- 計算資源へのアクセスを、一回きりの割り当てではなく、複数年・マイルストーン方式にすること
- 「欧州の」「オープンな」「主権的な」が何を指すのか、基準を精密に決めること
② 構造 — 渡せるものと、続くものは、別の階層にある
1. 出てくる数字が、全部「量」と「期限」
2.5%。1年。6,000チップ。1000万GPU時間。4000億パラメータ。24言語。3,740万ユーロ。
この号の①に出てきた数字を並べると、全部これです。 量が決まっていて、期限が決まっている。
配る側が管理できるのは、量と期限だけだからです。 予算に書けるのは金額と年度。公募要領に書けるのは目標値と締切。書けるものが、そのまま配られている。
2. 「主権にならない4つの理由」は、全部、手に入った後の話
寄稿が挙げた4つを、もう一度並べます。
- 学習データが不透明
- 保守の将来が不確か
- 制限的なライセンス条件
- 欧州外で管理されるインフラとツールへの依存
4つとも、モデルを手に入れた後に効いてくる話です。 ダウンロードした瞬間には、どれも起きていません。
重みは、物として渡せます。 ファイルなので、複製して公開できる。渡せないのは、それを直し続ける体制のほうです。
3. 一回きりの配分では、作り直しが設計に入らない
本紙のVol.12で、日本の情報システムについて書きました。 独自に作ってきた会社は多い。差がついたのは、作ったことではなく、作り直し続けられたかどうかでした。
提言の1番目が「複数年・マイルストーン方式にせよ」です。いま配られているものが単発だと、内側から書かれています。
1年で計算資源が切れる前提のもとでは、作ることは計画に書けます。作り直すことは書けません。 作り直しは、一度作ってみて、想定と違ったところが分かってから始まる作業です。その時点で、資源の期限が来ています。
4. 総量は、動く量を語らない
2.8兆と6750億を並べると、4倍以上の差に見えます。
ただし Mistral Large 3 が1文字ぶんの処理で動かすのは410億です。 MiniMax M3 という別の中国製モデルは、寄稿によれば総パラメータ4280億のうち動くのは230億。総量と、実際に動く量は、モデルごとに比率が違います。
そして Kimi K3 の活性化パラメータは、公式ブログに書かれていません。 つまりこの比較は、完成させられません。
本紙のVol.08で「物差しのズレ」を書きました。 業界で流通する指標と、実務を動かす変数は別だという話です。ここで起きているのは、その手前です。物差しが揃っていない。 総パラメータという数字は各社が出すので比べやすく、比べやすいので記事の見出しに載ります。載った数字が、比べたつもりを作ります。
5. 定義が決まらないまま、配分だけ進んでいる
提言の5番目が「主権的、の基準を精密に決めよ」です。
提言に入っているということは、決まっていないということです。 公募が2026年2月、選定が6月19日、寄稿が7月20日。選定が終わった1か月後に、何を選んだのかの定義を決めろと書かれています。
本紙のVol.09で書いた形と同じです。決めていないことは、決めていないまま、そこにあります。 消えません。この場合、決めていない「主権」の中身は、成果物が出てきた時点で誰かが判定することになります。
③ 経営者の自分事 — 決めているのは置き場所ではなく、誰が動かし続けるか
まず、桁の話をしておきます。
これは国家予算の話です。 3,740万ユーロ、6,000チップ、EU公用語24言語。中小企業の設備投資とは、桁が5つも6つも違います。「うちには関係ない」は、金額については、そのとおりです。
私が引っかかったのは、金額ではありませんでした。