春編 第2章:その「効率」が、黒田さんの
半日を奪った
入社から一ヶ月。
少しずつ仕事に慣れてきた。コードレビュー
で指摘される回数も減ってきた。
一度、前の日に書いたコードでnullの
チェックが抜けているのを見つけて、朝いち
ばんに直そうとしたことがある。開いてみた
ら、もう直っていた。レビューのコメントも、
意図のメモも何もついていない。誰かがつい
でに触ったんだろうと思って、そのまま閉じ
た。
そのころ、一つ気づいたことがあった。
オフィスの隅にはレトロゲーム機が並んで
いる。こたつもある。初日に海老沢さんは
「仕事中にゲームしてもいい」と言った。
でも、誰も触っていない。白石さんも黒田
さんも黙々とコードを書いている。
休憩時間に僕は白石さんに聞いてみた。
「白石さん、ゲームやらないんですか?」
「ん?やるよ。昨日も帰る前にちょっとスト
2やった」
「でも、仕事中は……自由なんですよね?」
「自由だよ。だから自分で決める。今はゲー
ムする時間じゃないって」
自由って楽じゃない。誰も監視していない。
でも、だからこそ自分で律する。形式は自由。
でも、本質は厳しい。やっぱり甘くないな、
この会社。
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でも、その「厳しさ」の中で、僕がどうし
ても馴染めないものが一つあった。
ドキュメントだ。
この会社はやたらと書く。設計メモ、コン
テキスト記述、コードの意図の記録。コード
を一行直すたびにその「背景」を書かされる。
コードさえ読めば分かるだろ。こんなのただ
の非効率だ。
大学のサークルでは「とにかくスピード」
だった。細かいことは後回し。まず作って、
まず出す。それで結果を出してきた。