春編 第5章:「仕様書のせいです」、そう
言いかけて
翌朝。
海老沢さん、白石さん、そして僕の三人で
ミーティングルームに集まった。
「桜井くん」
海老沢さんが口を開いた。声が低く、力強
い。
「昨日の件、何が問題だったと思う?」
僕は正直に答えた。
「テストが不十分でした」
「おお。それは確かだ。他には?」
「……仕様書に全パターンのテストケースが
書いてなかったので……」
その瞬間、海老沢さんは首を横に振った。
「ストップ」
その声には圧があった。
「……」
「今お前は何をした?」
「……仕様書のせいにしました」
「そう。仕様書が悪いって言った」
海老沢さんは続けた。
「じゃあ、仕様書に全パターン書いてあれば
問題なかった?」
「……はい」
「本当に?」
「……」
僕は黙った。
「仕様書に書いてなくても、プロなら気づく
べきことってあるよね。カテゴリーで絞り込
むなら、カテゴリーがあるデータでテストす
る。日付で絞り込むなら、日付のパターンで
テストする。当たり前のことだ」
「……はい」
「仕様書が完璧なら、エンジニアは要らない。
AIで十分だ」
口の中で、用意していた次の言い訳がしぼ
んだ。
海老沢さんはこちらを見た。その目は優し
いけど、鋭かった。
「自分の仕事の結果から逃げない。言い訳を
しない。——当事者意識ってのはそれだけの
ことだ」
「……」
「仕様書のせい、時間がないせい、データの
せい。いくらでも出てくる。出てくるうちは
まだ自分の仕事だと思ってない」
それから、海老沢さんは少しだけ口調をゆ
るめた。
「まあ、責めてるわけじゃない。——人って
のは自分の都合で読むもんだ。仕様書も、自
分の失敗も。都合よく読んで、都合よく忘れ
る。俺だってやる」
海老沢さんは少しだけ遠くを見た。
「あの冊子だって同じだよ。書いてあること
は変わらない。でも、読む側が変わればまる
で違うものになる。……いちばん厄介なのは
自分の都合で読んでる時ほど、ちゃんと読ん
でるつもりでいるってことだ」