冬編 第16章:エリート女子インターンの
登場
「みんな、ちょっと紹介がある」
十二月に入って最初の月曜、海老沢さんが
全員を集めた。いつもと違う少し改まった口
調だった。
オフィスのドアが開いて、一人の女性が入っ
てきた。背筋がぴんと伸びている。紺色のスー
ツに、長い黒髪。物怖じしないまっすぐな目。
隙がなかった。
彼女は値踏みするみたいにオフィスをぐる
りと見回した。レトロゲーム、こたつ、マン
ションの一室。その視線が一瞬だけ「これが
会社?」と言っていた。
「神崎リナです。今日からインターンとして
お世話になります」
丁寧なお辞儀。でも、その声には抑えきれ
ない自信が滲んでいた。
「東京大学経済学部の四年生です。将来は起
業を考えていて、実務経験を積みたくてこち
らに」
東大。僕は少し身構えた。
頭が良くて、自信に満ちていて、現場をど
こか下に見ている。その立ち姿に、なぜか嫌
な既視感があった。なんだろう、この感じ。
白石さんは少し驚いた顔で彼女を見ていた。
黒田さんは驚いていなかった。ただ、静か
に彼女を見ていた。見覚えのあるものをまた
見た——そんな目で。生意気で、尖っていて、
でも、芯は確かにある。それをひと目で見抜
いたような目だった。その奥にほんの少し、
遠い誰かを惜しむような色があるのに、僕は
気づかなかった。
「桜井くん、リナさんのメンターお願いでき
る?」
「え、僕がですか?」
メンター……? 俺が……? 思いがけな
い言葉に一瞬頭が真っ白になった。まだ入社
八ヶ月。自分のことで精一杯なのに、人に教
えるなんて。しかも、相手は僕よりよっぽど
頭の回りそうな東大生だ。
「うん。桜井くんも入社して八ヶ月経ったし。
教える経験も必要だから」
海老沢さんは当然のように言った。
白石さんと黒田さんがまたちらりと顔を見
合わせた。なぜか、楽しそうに。なんなんだ、
さっきから。
「……分かりました」
僕は少し震えた声で答えた。
リナさんはこちらを見て軽く会釈した。
礼儀正しいけど、どこか冷ややかな目だっ
た。たぶん「この程度の会社の冴えない先輩」
だと思われてるな。
---
その日の午後、僕はリナさんに会社の説明
をした。窓の外では冬の低い陽が少しずつ傾
き始めていた。オフィスの暖房が静かに動い
ている。僕は緊張で手のひらに汗をかいてい
た。
「まずこれが TNK-Insiders
という社内資料で……」
「拝見しました」
リナさんは即答した。
「え、もう?」
「はい。事前に海老沢さんから共有していた
だきました。一通り読みました」
「……早いですね」
「当然です」
リナさんはキリッとした表情で続けた。
「戦略の階層、累積戦略と順次戦略、三方良
しPlus。興味深い理論ですね」
「理論……?」
「はい。ただ、いくつか疑問があります」
リナさんはノートを開いた。
「累積戦略、つまり地道な積み重ねが重要だ
と書かれていますが、これは機会費用の観点
から非効率ではないですか?」
リナさんはノートを見ながら淀みなく話し
た。
「機会費用……?」
何それ?聞いたことあるような、ないよう
な。僕は焦った。
「はい。地道な作業に時間をかけるより外注
して効率化すべきでは?」
リナさんはまっすぐこちらを見た。その目
は知的で、鋭い。僕は一瞬言葉に詰まった。
やばい、完全に論破されてる。こめかみのあ
たりがじわりと熱くなった。手のひらの汗が
さらに増えた。この人、すごい頭いいんだな。