冬編 第17章:正論は、現場で転ぶ
年が明けた。リナさんがインターンとして
入ってからひと月が経っている。最初の頃リ
ナさんは本当に大変そうだった。
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インターン開始二週間目。
「リナさん、このコードバグってますよ」
僕はリナさんの画面を見ながら指摘した。
「え、でもテストは通ってます」
「テストケースが不十分なんです。この条件
の時エラーが出ます」
僕が実際に操作すると画面にエラーが表示
された。
リナさんはぐっと言葉に詰まった。
「……すみません」
「大丈夫です。でも、テストケースもっと網
羅的に考えないと」
「はい……」
リナさんは無言のまま席に戻っていった。
その背中がいつもより小さく見えて、厳しす
ぎたかな、と僕は少し思った。
でも、これは僕も通ってきた道だ。
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一ヶ月目。
「リナさん、このドキュメント分かりにくい
です」
「え、でも必要な情報は全部書いてます」
「情報はあります。でも読みにくい」
僕は画面を指差した。
「読む人の立場に立って書かないと。専門用
語ばかりで説明がない」
「……」
「エンジニアじゃない人も読むかもしれない。
その人が理解できるように書くんです」
リナさんはメモを取っていた。でも、その
手は少し震えていた。
「……分かりました」
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そして二ヶ月目。リナさんは毎日色々な疑
問をぶつけてきた。でも、以前とは違う。単
なる批判じゃなく、「理解したい」という姿
勢に変わってきていた。
「なぜこんなに報連相にこだわるんですか?
Slackで情報共有すれば十分では?」
「なぜテストケースを全部手作業で確認する
んですか?自動化すべきでは?」
「なぜクライアントの要望を全部聞くんです
か?優先順位をつけて断るべきでは?」
すべて理論的には正しい。でも、現実は違
う。僕は一つ一つ丁寧に説明した。
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「リナさん、報連相の話」
「はい」
「Slackで情報共有するのは正しいです。
でも、それだけじゃ足りない時がある」
僕は少し考えてから言った。
「この前僕が『データ移行終わりました』っ
てSlackに一行だけ流したんです。そし
たら白石さんにこう返された。『で、相手は
次に何をすればいい?』って」
「……」
「情報を流すだけならSlackで十分。で
も、相手がちゃんと受け取れたか、次に動け
るか。そこまで見届けてやっと意味がある。
……たぶんその面倒くささが信頼になるんで
す」
リナさんはメモを取る手を止めていた。
「……『Slackで十分』って言ったの撤
回します」
少しだけ悔しそうだった。
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「テストの自動化の話」
「はい」
「自動化はもちろん重要です。僕らも自動テ
ストを書いてます」
「じゃあ、なぜ手作業でも確認するんですか?」
「自動テストは想定内のことしかテストでき
ない。でも、バグは想定外のところで起きる」
僕は実際の画面を見せた。
「例えばこのボタン。自動テストでは『押せ
る』ことしか確認しない。でも、実際に押し
てみると……」
画面が一瞬固まってエラーが出た。
「ユーザーが連打したらエラーが出る。これ
自動テストでは見つからない」
「……それ書けますよ」
「え?」
「連打のテスト。クリックを短い間隔で二回
投げるだけです。三行で済みます」
リナさんは僕のキーボードに手を伸ばしか
けて途中で止めた。
「あ、すみません」
「……いえ」
僕は返す言葉を探した。書ける。確かに、
書ける。見つからないと思い込んでいたのは、
僕が一度も書いたことがなかったからだ。
「でも」
リナさんは続けた。
「いま桜井さんが押してみるまで、そのテス
トはこの世になかったんですよね」
「……はい」
「じゃあ、順番の話ですね。手で押して見つ
ける。見つけたものを自動に落とす。手でや
るのはまだ誰も知らない側だけ」
整理されてしまった。しかも、僕が言おう
としていたことより正確だった。
「……そうです」
そう答えながら、僕はそこまで分けて考え
たことが一度もなかった。
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リナさんの口ぐせは「AIでこうすれば効
率的です」だった。