冬編 第20章:冬の終わり、一年を振り返
る
入社から十二ヶ月、三月末。
もうすぐ一年が経つ。
外堀通りの桜並木に小さな蕾がついていた。
あの四月一日の満開から数えて、もうすぐ一
年。去年の今頃僕はここへ向かう道で「……
マジか」と思っていた。
海老沢さんに個別で呼ばれた。
パーカー姿の海老沢さんがいつもの席でマ
グカップを傾けている。こたつはテーブルに
戻っていた。レトロゲームが相変わらず棚に
並んでいる。
「桜井くん、もうすぐ一年だな」
「はい」
「どうだ?」
僕は少し考えた。
「……最高の一年でした」
「おお」
海老沢さんは満足そうに頷いた。
「正直最初は不安でした。四人の会社で就活
失敗したって思ってました」
海老沢さんは笑った。
「うん、それは聞いた」
「でも、今は違います。この会社を選んで本
当に良かった」
「具体的には?」
僕はこの一年を振り返った。
完璧なコードを書いたのに、誰も助けられ
なかった春。徹夜して、抱え込んで、それで
も誰かに頼ることを覚えた夏。旅館の女将さ
んが電話の向こうで涙ぐんでくれた秋。そし
て——論破しに来たはずの後輩に、いつの間
にか自分が教わっていた冬。
「技術だけじゃなくて仕事の本質を学べまし
た」
「うん」
「そして体験して理解しました」
「体験なくして、洞察なし——か」海老沢さ
んはうなずいた。「桜井、この一年で一番大
きな変化は何だと思う?」
僕は即答した。
「世界観から考えられるようになったことで
す」
「おお、いいじゃん」
「最初は技術から考えてました。でも、今は
違います。『誰のために、何のために』を最
初に考える」
海老沢さんは少し笑って、マグカップを置
いた。
「うん。……でも俺は、お前のいちばん大き
いところは去年の四月からそんなに変わって
ないと思ってるけどな」
「え」
「変わってないからいいんだよ」
それだけだった。何のことなのかは教えて
くれなかった。
海老沢さんは続けた。
「桜井くん、来年はもっと大きな責任を任せ
る」
「はい」
「それと給料も上げる」
「え?」
海老沢さんは笑った。
「一年目よく頑張った。成果も出た。クライ
アントからの評価も高い。だから、来年度か
ら基本給二十パーセントアップ」
「……ありがとうございます」
僕は少し驚いた。給料のことは正直、あま
り考えていなかった。仕事が面白くて、学べ
ることが多くて。でも、評価されるのはやっ
ぱり嬉しい。
「成果を出せばちゃんと還元する。これもT
NK-Insidersの原則だから」
「……ただな」海老沢さんは少し間を置いた。
「『会社に貢献しろ』って言うのは簡単なん
だ。でも、その"貢献"がほんとは何を指す
のか——それは冊子に書いてある。書いてあ
るんだけど、口で言うとたいていもっと狭い
意味に取られる。『売上を上げろ』とか、
『上に気に入られろ』とか」
海老沢さんは少し笑った。
「そうじゃ、ないんだけどな。……お前はも
うそこを取り違えてない。だから上げるんだ」
「はい」
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時は少し戻る。三月初旬。リナさんのイン
ターン、最終週だった。
月曜日の昼休み。僕はリナさんを誘った。
「リナさん、ランチ一緒にどうですか?」
「……はい」
リナさんは少し驚いた顔をしたが、頷いた。
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近くのカフェで二人で昼食を取った。窓の
外では外濠公園の桜の木に小さな蕾がついて
いる。春の気配。
「リナさん、インターンもうすぐ終わりです
ね」
「……はい」
リナさんはサラダをつつきながら、小さく
答えた。
「卒業は?」
「来週です。卒論も提出済みであとは卒業式
だけです」
「へえ、卒論何について書いたんですか?」