第1章 好きに作っていい
OMOTEのオフィスは渋谷のガラス張り
のビルの八階にあった。
四谷のあの肘がぶつかる事務所とは何もか
も違った。白い壁。観葉植物。フリーアドレ
スのデスクがゆったり並んで、奥には二段ベッ
ドみたいな仮眠スペースまである。冷蔵庫に
はエナジードリンクがぎっしり。壁の一面に
でかでかとロゴ。
OMOTE——その下に小さくコピーが添え
てあった。
『おもてなしを、全店に。』
「どう。いいだろ」
葉山が両手を広げた。プレゼンのときのあ
の顔だった。大学の頃からこいつはこの顔で
人を連れていく。
「家賃高そう」
「投資入ってるからな。——お前もこれから
その一人だよ」
春だった。窓の外はもう初夏みたいな光を
していた。私は三ヶ月ぶりに——いや、ほん
とうはもっと久しぶりに、胸の奥が軽くなる
のを感じていた。
宙ぶらりんが終わる。
それだけでもうありがたかった。
「神崎にはさ」葉山が私の肩をぽんと叩いた。
「AIをまるごと任せたい。好きに作ってい
い。お前の好きに」
——好きに、作っていい。
その言葉がまた効いた。
私の頭の中ではもういくつもの絵が回り始
めていた。店ごとに客の好みを覚えて、先回
りする。常連の顔をデータじゃなく、意味と
して持つ。注文の波を読んで、仕込みをAI
が店主と一緒に考える。——飲食をAIでま
るごと組み直す。できる。私になら、できる。
そう思った瞬間のあの軽くてまぶしい感じ。
——知っていると思った。
これは一年前の私だ。「AIを使えば何で
も作れる」と本気で信じていた頃のあの私が
いま、この白い壁の中にもう一度、立ってい
る。
そのときの私はそれを悪いこととは思わな
かった。むしろ、帰ってきたと思った。失く
したはずの全能感が戻ってきた、と。
——戻ってきてはいけない感覚だったと気
づくのは、もっとあとだ。
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久我さんと初めて話したのはその日の午後
だった。
会わせる前から、葉山はその人のことを何
度も口にしていた。
「久我さんっていってな。うちのCTO」そ
の名前を言うとき、葉山の声は決まって少し
低くなった。自慢というより、畏れに近かっ
た。「あの界隈じゃ知らない人いないから。
久我さんの書く言語ばりばり扱えるやつなん
て日本に何人もいないんだぞ。口説くのに半
年かかった」
「へえ」