
5社に落ちて、何者にもなれずにいた私を、同級生の葉山が口説いた。「AIは好きに作っていい」。渋谷のガラス張りのビル、城のいちばん端の小さな小屋で、私は自分の置いてきたものにぶつかる。神崎リナ、空白の1年。
私はいつも誰かに引っ張られて、始まる。卒業してしばらく、私は何者にもなっていなかった。その隙間に葉山はするりと入ってきた。「神崎。AIだろ。お前うちに来いよ」何度断っても、最後はいつも同じ手を使った。「AIは好きに作っていい。お前の好きに」
私はいつも誰かに引っ張られて、始まる。卒業してしばらく、私は何者にもなっていなかった。その隙間に葉山はするりと入ってきた。「神崎。AIだろ。お前うちに来いよ」何度断っても、最後はいつも同じ手を使った。「AIは好きに作っていい。お前の好きに」
渋谷のガラス張りのビルの8階。「AIをまるごと任せたい。好きに作っていい」CTOの久我さんが見せたコードは、隅々まで設計の意志が貫かれた城だった。AIはその城のいちばん端の、小さな小屋。「好きに作ればいいよ。——その小屋の中でな」
「その型にするいちばんいい店。葉山がお客として通った店なの?」私の問いは数字の下に埋まって消えた。ピッチ番組の投資家の端に、何も訊かない男がいた。最後に一度だけ口を開いた。「そのお手本にするいい店。誰か行った?」
接客のAIを2日で動かした。ぐちゃぐちゃな質問にも、温度が着地していた。久我さんは画面をしばらく見て、低く言った。「設計は」「神崎さんのやり方は雑なんだよ」その夜、思い出したくない記憶が勝手に立ち上がってきた。四谷の冬。『詳しすぎます』
「導入店に行かせてください」ログは全部上がっている、と久我さんは眉を寄せた。それでも私は行った。白髪の料理長がアプリのおすすめを鼻で笑って、朝の市場で仕入れたものを出す。正直に言う。最初に思ったのはこうだった。——この料理長、非効率だな。
四谷三丁目で降りて、路地のほうへ足が向いた。導線がめちゃくちゃで、価格帯もばらばら。非効率を一か所に煮詰めたみたいな町。いちばん奥の小さな店の引き戸から、湯気が漏れていた。「ごめんね今日は時間かかるよ。いつもの、ちょっと待ってな」
週に何度も荒木町へ通った。焼き鳥屋のおやじさんがスマホを突き出した。「うちの焼き加減を勝手に“標準”に合わせろってくる。俺の店を俺より知ってるつもりかよ」設定を変えればいい。正しい。その言葉を、私は飲み込んだ。——このしつこいアプリ。それ、私たちが作っているものだ。
「逆の作り方を一回試させてください。新しく出す店で」大宮さんは私を値踏みして言った。「職人は鬼頭をつける。あいつを納得させられたら、本物だ」鬼頭さんは最初の3日間、私と一言も口をきかなかった。「俺の店を機械で平らにしに来たお嬢さんか」
2ヶ月もすると、数字はごまかしようがなくなっていた。論破する気はなかった。均した店と、活かした店。二つの数字を並べて置いただけだった。「神崎。俺、間違ってたのかな」その声には、いつもの伝道師の張りがなかった。
OMOTEを辞めた。今度は、誰も引っ張ってくれなかった。先に開いたドアもなかった。——だったら、自分で開けるしかない。3月の夜、パソコンを開いた。本文を何行も打っては消した。結局、件名の一行だけで十分だった。