
2年目の春、僕より年下の3人が入ってきた。教えるって、難しい。年が明けた朝、僕の名前で書かれたプルリクエストが上がっていた。「AIタクヤ」。安く、速くは機械にくれてやる。では、人がやる意味は何か。会社ごと賭けた1年。
入社してまる1年。4月に入った3人は、みんな僕より年下だった。田中くんの隣に座って、僕はたくさん喋った。午後にはもうそれらしいものが動いていた。教えるって、こういうことか。その横で、ハルカさんがまっすぐに言った。「桜井さん。これ、田中くん分かってないと思います」
入社してまる1年。4月に入った3人は、みんな僕より年下だった。田中くんの隣に座って、僕はたくさん喋った。午後にはもうそれらしいものが動いていた。教えるって、こういうことか。その横で、ハルカさんがまっすぐに言った。「桜井さん。これ、田中くん分かってないと思います」
ハルカさんは2日で、きれいなデザインを上げてきた。どこを取っても文句のつけようがない。海老沢さんがそれをしばらく眺めて、ぽつりと言った。「これどこの宿のサイトでも使えるね」ハルカさんの笑顔が固まった。「……すみません。直します。どこを直せば」
「フォームっすね。余裕っす。爆速で行きましょ」田中くんは本当に速かった。2日で動くものが上がってきた。公開の前日、僕は念のため自分で触ってみた。画面を更新すると、ログインが切れた。「認証どうやって持たせてる?」「ちゃんとうちの認証パッケージインポートしてますよ」
止まれば全部が止まる場所は、いつのまにか佐藤くんの場所になっていた。金曜の夜、AIに任せた移行のスクリプトが、深夜のクラウドでサーバーを増殖させた。止めたのは、佐藤くん自身が張った網だった。「AI間違えるんだね」「間違えます。……すごい自信ありげな顔で」
田中くんは予約画面のバグにもう3日詰まっていた。そこへハルカさんがひょいと覗き込んだ。「ちょっと貸してみて」コードは書けない人だ。ハルカさんは画面の数字を指でクリックして、言葉で話しかけた。「人数を変えたら、合計も一緒に変わってほしいの。なんで?」
年末の打ち上げ、ずっと黙って飲んでいた黒田さんがぼそっと言った。「……私やってるけど」全国300位。海老沢さんがにやにやしながら割り込んだ。「俺80位なんだけど」その終わりがけ、海老沢さんが声のトーンを落とした。「来年の話をしておく」
年が明けた朝、プルリクエストが一件上がっていた。まだ手をつけていない案件だ。コードも説明もテストも揃っている。差出人を見た。「AIタクヤ」。僕の名前だった。呼び出せるAIの一覧を開くと、そのいちばん下に、もう1年近くいない人の名前が座っていた。
AI社員を本物にする。海老沢さんが置いていった宿題を、僕は1週間持て余していた。AIが下書きした旅館のページを見て、ハルカさんが言った。「これ……前に私が怒られたやつだ」きれい。正しい。でも、この宿じゃなくてもいい。「だって、この子あの宿に泊まってないから」
Sプロジェクトの定例。会議室にはいつもの田辺さんと、見たことのないスーツの若い人が二人。田辺さんは僕と目を合わせなかった。切り出したのは部長さんだった。「単刀直入に言うと、うち開発を内製化することにしました」
「ホームページ、AIで、最短即日。月額9800円」田中くんが見せてきた広告に、返す言葉がなかった。海老沢さんが7人を車座に集めた。「先週Sが抜けた。でかい。隠さない。——今までのやり方の延長線上にうちの未来はない」
他社が2社逃げた炎上案件。北陸の海産物のお取り寄せ通販。社長さんはまず深く頭を下げて、手書きのノートを開いた。中を調べた佐藤くんが半日黙って、それから言った。「桜井さん。リスクで言えばこれ断る案件です」
蓋を開けて最初に出てきたのはWordPressだった。プラグインが50個以上。決済にテストが一個もない。「悪魔合体っすね」と田中くん。読みながら、僕は奇妙な感覚になっていった。うちが3年かけて大事にしてきたことが、ここでは一つずつきれいに裏返っていた。
社長さんは契約書を前に固まっていた。毎月の数字が、これまで知っていたものと桁が違う。「今すぐ決めなくていいです。まず2週間だけ見てください」「……それで止まらなかったら?」「そのぶんはいただきません」売り込まなかった。
仕事は増えた。人は4人のまま。徹夜にはならないのに、頭が芯から焼けていた。その夜、佐藤くんは空打ちを飛ばした。その朝、僕は最後の確認を飛ばした。昼過ぎ、社長さんから電話が来た。「お客さんが一人もいないんです。30万人いたのが……ゼロに、なってて……」
その夜、誰も帰らなかった。「なんで、っすか。佐藤くん。いちばん慎重だったじゃないっすか」田中くんの声が跳ねた。ずっと黙っていた佐藤くんが顔を上げた。「……戻せるかもしれないです。去年から僕、取引の記録を別に取ってるんです」
「壁を作ります」あの夜から数日して、佐藤くんが言った。人は疲れたらサボる。だから、サボれないようにする。意志じゃなくて、仕組みで。深夜の零時、スマホが鳴った。海老沢さんだった。「全員招集する。——インシデントだ」
深夜の1時前、7人が揃った。届いた案内メールに、自分じゃない他人の名前と注文履歴が載っていた。「漏洩だ」海老沢さんは、はっきり言った。「で、いちばんまずいのは、その案内を出したのがうちのAIだってことだ」ログを掘った。AIは、何も間違えていなかった。
答えが見つかったのは、空が白みはじめた頃だった。間に、人がいた。Excelで、一列だけを並べ替えた。それだけで、Aさんのところに、Bさんの人生が届いた。「なんだ……うちのAIのせいじゃないじゃないっすか」海老沢さんがぽつりと言った。「桜井。AIは責任取らないよな」
2年目の終わり。誰もいない暗いオフィスに、忘れ物を取りに戻った。片隅の席はまだ空いたままだ。AI社員の一覧のいちばん下に、あの名前。その上に、メールが一通。差出人を見て、僕の手が止まった。『久しぶり。——そろそろ対等に話せると思うから』