
「同じもん作ってんのに、なんでこんなに規模が違うんだろうな」。3年ぶりに会った同級生の一言から、社長の声の詐欺電話、基板の右一列、7年前の履歴に残った知らない名前まで。防衛省の前の小さな会社の、毎日の話。
3年ぶりに会った同級生は、誰でも名前を知っている会社にいた。「桜井は今どこだっけ」「東京ネット工務店」「工務店? 建設のほうに行ったの?」数万人が使うシステムを数人で回していると言うと、今井の箸が止まった。「うちだったら、何百人のプロジェクトだぞ」
3年ぶりに会った同級生は、誰でも名前を知っている会社にいた。「桜井は今どこだっけ」「東京ネット工務店」「工務店? 建設のほうに行ったの?」数万人が使うシステムを数人で回していると言うと、今井の箸が止まった。「うちだったら、何百人のプロジェクトだぞ」
今井の先輩だという藤堂さんは、会ってすぐに頭のいい人だとわかった。その会話に海老沢さんが混ざる。「待った。わからん。それはうちのどこの話だ」速い会話の中に「わからん」が飛び交う。隣でリナさんがぽつりと言った。「気持ちよすぎて、ちょっと危ない」
佐藤くんのチャンネルの登録者が2万人を超えた頃、名の知れたメーカーから新しいキーボードを紹介してほしいというメールが来た。ちゃんとした額が書いてあった。「もしもらった製品がよくなかったら」と佐藤くんは言った。「僕はよくないって言えるんですかね」
「毎回止まるじゃないですか。あれ、なんとかなりませんかね」経理の人は疲れた顔で笑った。先月4回止まって、4回ともこっちが正しかった。僕は線を見直す下書きを書いて、寝かせておいた。その1週間後の朝、社長の声で電話がかかってきた。「私だ。さっきのメール見たか」
佐藤くんが自分で線を引いた基板が届いた。ハンダは教材になりそうなくらいきれいだった。なのに、右の一列だけが死んでいる。ハンダを3回見て、部品も替えて、直らない。教えれば、犯人はたぶん30分で見つかる。僕はその30分をなかなか差し出せなかった。
7年前の案件のいちばん奥に、うちの誰の手癖でもない書き方があった。gitを辿ると、知らない名前が出てくる。s-mizuno。その名前だけは3年ぶん、履歴の中にいた。「ご指摘の箇所を修正」が半年で7回。海老沢さんは腕を組んだまま言った。「昔、いたんだよ」
その日は、定時で上がった。桜井くんが古い履歴を辿っているのは後ろから見えていた。四谷三丁目からいつもの角を曲がり、階段を下りた店の端に座る。「今日は静かだね」私はうなずいた。同じ紙をもらった人が、ほかにもいた。その子は伸びなかった。私は、伸びた。
なぜあの人は残れなくて、僕は残れたのか。30社に落ちて、滑り止めみたいに拾われた。ずっとそう思っていた。白石さんが缶のウーロン茶を持って隣に来た。「入ってすぐのころ、あの冊子に食ってかかったの覚えてる? あの日海老沢さんがなんて言ったか、桜井くん、知らないでしょ」
茨城から来た会長は、AIと夜中に何十時間も喋って作ったという40ページの資料を置いた。筑波山の西側に赤い点が30いくつ、全部で300ヘクタール。ただ、困っているのはそこじゃないと言う。黒い手帳には、一筆の土地を買うための打ち合わせが5か月で11回。会長は自分で計算して、笑った。「……壮大すぎるな」
土浦の司法書士の先生は、メールも読むし、招待のリンクも開いていた。ただ、ルームには入らない。一行ずつ同じ形で揃った請求書の控えを出して、先生は言った。「チャットに書き込むのは、何分と数えればいいんですか」僕は答えられなかった。「数えられないものは、請求できない」
会長が刷った入札の試算には、BANTO3の出した数字に出典まで付いていた。「これね、ほぼ決まりですよ」部屋の奥で伝票を打っていた作業着の人を、会長は紹介しなかった。その人が立ってきて、試算を横から覗き込む。撤去の行で、指が止まった。「それ、去年の話ですよ」
連休明けの朝6時、会長から書き込みが来た。『八郷、やられた。ケーブル』。切られたフェンスの向こうで、パネルは晴れているのに1枚も電気を送っていない。その日の午後、整地の終わった雑木林の前で、会長が海老沢さんに聞いた。なんでルノーなんだ、と。海老沢さんは、130年前のパリの坂の話をした。「坂を一本、登っただけだ」