第2章 ピッチ
夏が来て、OMOTEは全社ミーティング
を開いた。
ホワイトボードの前に葉山が立った。手元
の資料なんて見なかった。この男は人の前に
立つと、別のスイッチが入る。大学のときか
ら、そうだった。
「個人店はいま潰されかけてる」
葉山の第一声はいつも強い。
「チェーンが安さで殴ってくる。デリバリー
のアプリが手数料をごっそり持っていく。人
手は足りない。——いい料理を作るいい店か
ら先に消えていく。おかしいだろ。いちばん
残ってほしい店がいちばん続けられない」
そこは本気だった。葉山のいちばんいいと
ころだ。こいつは本気で個人店を救いたいと
思っている。嘘じゃない。それは私が知って
いる。
「だからOMOTEで底上げする。予約も、
注文も、接客も、メニューも——いちばんで
きる店のいちばんいいやり方を型にして全店
に配る。どの店でも同じ品質を出せるように
する。属人性をなくす。それがおもてなしの
民主化だ」
拍手が起きた。沢井さんがいちばん大きく
手を叩いていた。
私は、手を叩かなかった。
胸の奥で何かが小さく引っかかっていた。
——いちばんできる店の、いちばんいいやり
方を、全店に。どの店でも、同じ品質。それ
は葉山が前にいたあの大手チェーンの考え方
そのままだった。チェーンなら正しい。どの
店舗でも、同じ味の一杯が出てくる、それは
価値だ。
でも、「いい店」ってそういうものだった
か。
「葉山」私は手を挙げた。「そのいちばんで
きる店。型のお手本にするっていうその店。
——実際に行ったことある? どこにあるの?」
場の空気が一瞬止まった。
「……は?」
「型にするそのいちばんいい店。葉山がお客
として通った店なの? 何回も行って、常連
になって、それで、ここがいいって思った店?」
葉山は一瞬詰まって——それから、笑って、
画面を切り替えた。
「神崎、いいとこ突くなあ」葉山は笑った。
「要するに現場を見ろってことだろ? わか
るよ、それも大事。——でも、そこはこれか
らデータで詰める。市場はでかいぞ。国内の
飲食店五十万店。そのうち個人店が——」
数字が流れ始めた。TAM。SAM。調達
のラウンド。来期の店舗獲得目標。きれいな
右肩上がりのグラフ。
私の質問はその下に埋まって、消えた。
冷えた。
ほんの少しだけ。
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その「逸れ方」に私は覚えがあった。
——理論ばかりで、実務が、ないよね。
不意に声が蘇った。役員面接のあの年配の
男の声。頭はいいんだけど、の、「でも」。
かっと頭の芯が熱くなるあの感覚。五社、全
部で同じ穴を指でさされた。
それと——もうひとつ。あのとき、面接官
たちは私の答えに困ったんじゃなかった。困
るより前に、ほんの一瞬何か別のものを目に
浮かべた。引くような。たじろぐような。私
がするすると相手の手の内まで見通してしま
うことに対する——あれが何だったのか、当
時の私にはわからなかった。
いや。今はその話じゃない。
逸れたのは私じゃない。葉山だ。「店に行っ
たか」といういちばん地面に近い問いから、
葉山は数字の上空へ逃げた。私が面接でしゃ
べった「将来性」「スケール」と同じ高さへ。
だったら、なぜ。
私はその「理論だけ」で五社に弾かれた。
なのに、葉山は同じ「理論だけ」で何億も引
いている。