第3章 鏡
夏の終わりに私は初めてちゃんとした機能
を任された。
接客のAIだ。
店に来たお客さんがスマホから話しかける。
「子ども連れでも大丈夫?」「辛いのが苦手
なんだけど」「記念日なんだけど、何かでき
る?」——それに、店の代わりにAIが答え
る。OMOTEのいちばん表に立つ顔の部分。
「おもてなし」の看板そのものだった。
小屋のいちばん日当たりのいいところをも
らった気がした。
私はまずいちばん外側から考えた。
——この客は最後に何を受け取ればいいの
か。
記念日の客なら、「ちゃんと考えてくれて
る」という安心。子連れの親なら、「ここな
ら、肩身が狭くない」という許可。答えの正
しさじゃない。客が席を立つときに残ってい
る温度。それがアウトカムだ。
そこを決めてしまえば、あとは粒度を切っ
ていくだけだった。
どういう聞き方をされても、その温度に着
地させる。AIに店の人柄をぜんぶ渡して、
あとは会話の中で考えさせる。固い問答集に
はしない。客は台本どおりにはしゃべらない
から。——外側の温度だけ私が握って、内側
はAIに埋めさせる。
二日で動くものができた。
実際にぐちゃぐちゃな質問を投げてみた。
「えーと、来週の金曜、たぶん七時、いや八
時かも、四人、いや三人になるかも、子ども
いる、アレルギーは……卵、だっけ?」——
人間がほんとうに打つあの整理されていない
生の言葉。
AIはちゃんと拾った。「お日にちとお人
数は決まりましたらで大丈夫ですよ。卵のア
レルギー厨房に必ず伝えます。お子さまご一
緒に楽しめるようご用意しますね」——温度
が着地していた。
いける、と思った。
それを久我さんに見せた。
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久我さんは画面をしばらく見て、それから
低く言った。
「設計は」
「……設計というと」
「これの設計書。状態遷移。入力のバリデー
ション。どの分岐でどの応答を返すか。——
その定義」
「それは書いてないです」私は正直に言った。
「分岐をこっちで決めてないので。お客さん
の言葉をAIが受けて、その場で考えて、返
す。だから、状態遷移図みたいなものはない
んです」
久我さんの眉がほんの少し動いた。
「ないの」
「はい。決めなくても、着地はします。さっ
きぐちゃぐちゃな質問でも——」
「再現性は」久我さんは私の言葉を切った。
「同じ入力で同じ出力が出るのか。出ないだ
ろう。AIなんだから。ゆらぐ。——つまり、
これは設計されてない。たまたまそれっぽく
動いてるだけだ」
冷たくはなかった。むしろ丁寧だった。先
生が出来の悪い課題を添削するみたいに。
「神崎さんのやり方は雑なんだよ」
雑。
その一言が胸の思いがけず深いところに刺
さった。