第4章 空回り
秋になっても、私の作った接客AIはちゃ
んと動いていた。
設計書は久我さんの読める形に翻訳して提
出した。状態遷移図みたいなものを後からそ
れらしく描いて、中身は一行も変えずに。—
—それで通った。久我さんは画面をひととお
り見て、「最初からこう書けばいい」と言っ
た。私は、はい、と言った。それ以上は、何
も。
動いている。咎められもしない。——なの
に。
なのに、日が経つほど、私のなかで何かが
薄くなっていった。
接客AIはよくできていた。自分で言うの
もなんだけれど、本当によくできていた。客
の整理されていない言葉を拾って、温度に着
地させる。私が外側だけ握って、内側をぜん
ぶAIに渡したあのやり方。——でも、それ
がOMOTEのなかでは、いちばん外の小屋
のなかで回っているだけだった。
予約。注文。在庫。会計。OMOTEの背
骨はぜんぶ久我さんの作ったアプリロジック
でできていた。AIはその上に薄く載ってい
るだけ。私の接客AIも結局は、その薄い膜
のいちばん端っこの飾りのひとつだった。ど
れだけ深く作っても、載る場所が浅ければ、
深さはどこにも届かない。
そもそも、AIとの会話と、お客さんがス
マホで実際にやる操作——予約を確定する、
メニューを選ぶ、会計を済ませる——は、シ
ステムの中できれいに分かれていた。AIは
あくまで「話し相手」。手続きそのものには
指一本、触れさせない。久我さんの設計だ。
少し前なら、これはものすごく完成度が高い、
と評価される作りだったと思う。堅牢で、破
綻しない。事故が絶対に起きない。
でも、私の目にはもう古くさく見えていた。
会話と操作が分かれているということは、A
Iがほんとうの意味では、何もしていないと
いうことだ。お客さんの言葉を受け取って、
それらしく相槌を打つ。けれど、その先の
「じゃあ、そうしておきますね」を、AIは
自分の手ではできない。人間にバトンを返す
だけ。——分かれているうちは、AIはいつ
までも小屋の住人だった。
数字は動いていた。導入店の予約のキャン
セル率が何パーセントか下がった。回転が何
分か縮まった。週次のダッシュボードにはき
れいな棒グラフが並んでいた。葉山はそれを
投資家に見せていた。
私はその棒グラフを何時間眺めても、何も
感じなかった。
——本物が見たい。
そう思ったのがいつだったか、自分でもわ
からない。気づいたら、思っていた。グラフ
の下に本当は何があるのか。私のAIが応え
ているあのぐちゃぐちゃな言葉を打つ客は、
画面の向こうにほんとうにいるのか。いると
して、店の人とどんな顔で向き合っているの
か。——データが欲しかった。本物の、生の、
現場のデータが。
それはたぶん、私がOMOTEに入って初
めて自分から欲しがったものだった。
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「導入店に行かせてください」
私がそう言ったとき、葉山は少し意外そう
な顔をした。
「神崎が? 現場興味ないだろ」
「データが欲しいんです。実際の店でAIが
どう使われてるか。ログだけじゃわからない」
「いいけど。——久我さんにひとこと言っと
けよ。あのへんはぜんぶ久我さんに任せてる
から」
久我さんはもっとあからさまだった。
「現場に行って何がわかるの」と眉を寄せた。
「ログは全部こっちに上がってる。数字を見
ればいい。店に足を運ぶのはいちばん効率の
悪いデータの取り方だよ」
効率。久我さんはその言葉をよく使った。
「それでも、行きたいんです」私は引かなかっ
た。
久我さんは少し私を見て、それからどうで
もよさそうに肩をすくめた。「好きにすれば。
仕事が遅れない範囲で」