第7章 均すな、活かせ
機会は思っていたより早く転がってきた。
モニター店の数字が悪化していたのだ。導
入から半年。予約のダブりは減ったし、回転
もわずかに上がった。けれど、肝心の客の入
りがじりじりと落ちていた。常連が足を遠の
かせていた。標準化されたおすすめに、店の
味が少しずつ寄っていって——いつのまにか
「あの店じゃなきゃ」の理由が薄れていた。
葉山はそれを「移行期の踊り場」と呼んだ。
久我さんは「現場の運用が徹底できていない」
と言った。二人とも原因を現場のせいにして
いた。
私は葉山に時間をもらった。
「モニター店の立て直し方を考えました」そ
う切り出して、私は続けた。「ただ、立て直
すんじゃないです。——逆の作り方を一回試
させてください。新しく出す店で」
「逆?」
「標準化をやめます。その代わり、店の個性
をAIでいちばん立たせる。均すんじゃなく
て、活かす」
葉山の顔が曇った。「それ、OMOTEの
否定だろ」
「否定じゃないです。——使い分けです」私
は相良さんの声を借りた。あの寿司屋で骨ま
で届いたあの声を。「安さで戦う大衆の店な
ら、標準化は効く。それは事実です。でも、
大宮さんがいちばん大事にしてるああいう店
は別のゲームなんです。世界の店に商売の定
規を当てたから、数字が落ちてる。——証明
します。一店だけください」
葉山は長いこと黙っていた。たぶん、技術
のことはわからないなりに、現場の数字が落
ちているという事実だけは重かったのだと思
う。
「……久我さんがなんて言うか」
「久我さんの城は触りません。私の小屋の中
でやります」
その言い方が効いた。葉山は苦笑して頷い
た。久我さんは案の定、鼻で笑った。「好き
にすれば。どうせスケールしないおもちゃだ」。
沢井さんも横で笑っていた。——それで、よ
かった。誰も本気で見ていない場所だからこ
そ、私は好きに作れる。「好きに作っていい」
が、初めて本当の意味になった。
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新しい店の話は大宮さんが進めていた。
小さな和食の店。場所はもう押さえてあっ
た。私は葉山に頼んで、大宮さんに会わせて
もらった。
大宮さんは六十代の寡黙な人だった。元は
寿司職人。一代でいくつもの業態を築いた。
あの相良さんの通う寿司屋も、この人のいち
ばん上の店だ。叩き上げの目で、私をしばら
く値踏みした。
「OMOTEのお嬢さんが。標準化の話じゃ
ないのか」
「逆の話をしに来ました」
私はモニター店で見たことを、ぜんぶ話し
た。料理長がその日の市場のものを出して、
常連が「やっぱりこれだ」と笑ったこと。ア
プリがそれをノイズとして捨てたこと。——
そして、数字が落ちたこと。
大宮さんの眉が動いた。
「あんた」と、低く言った。「うちのいちば
ん上の店をなんで相良が通ってるか、知って
るか」
「……商売じゃないから。世界だから」
大宮さんが初めて私をまっすぐ見た。
その目の奥に、揺れているものが見えた気
がした。この人は自分の店が商品じゃないこ
とを、誰よりも骨で知っている。なのに——
何か別の力が、この人を標準化のほうへ引っ
ぱっている。それが何なのかは、まだわから
なかった。ただ、引き裂かれているというこ
とだけ、わかった。