第8章 断る理由
一店だけのはずだった。
けれど、二ヶ月もすると、その店の数字は
ごまかしようがなくなっていた。客が戻って
きた。一度、足を遠のかせた常連が、「あの
店がまた面白くなったらしい」と、口づてに
連れだって来た。客単価は無理に上げていな
いのに、上がった。みんな、もう一品頼んで
帰るからだ。標準化されたモニター店の赤い
数字とは、何もかも逆の絵になっていた。
数字は遅れてついてきた。手応えのほうが
先だった。——それも、荒木町で教わったと
おりだった。
その絵を私は葉山に見せた。
論破する気はなかった。荒木町でいやとい
うほど思い知ったことだ。正しさを振りかざ
しても、人は変わらない。だから、私は二つ
の店の数字を並べて置いただけだった。均し
た店と、活かした店。どちらが続きそうか。
——それは、見ればわかった。
「……これほんとにAIでやってんのか」葉
山が画面を覗き込んだ。
「やってます。鬼頭さんの頭の中をAIに覚
えさせてるだけです。均すんじゃなくて。鬼
頭さんをいちばん鬼頭さんにするために」
「神崎」葉山はしばらく黙ってから言った。
「俺、間違ってたのかな」
その声には、いつもの伝道師の張りがなかっ
た。
「間違ってないです。葉山が個人店を救いた
いって言ったの、あれは本物でした。私、知っ
てます」私は言った。「ただ、救い方が逆だっ
た。潰れそうな店を平らにして、どこにでも
ある店にしたら——それもう救ってない。葉
山がいちばん消したくなかった『あの店じゃ
なきゃ』を自分で消すことになる」
葉山は何も言わなかった。でも、その横顔
は、ミーティングでビジョンを語るときのあ
の顔より、ずっとまともに見えた。
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会議はもめた。
久我さんは最後まで認めなかった。「再現
性がない。スケールしない。たまたまその店
でそれっぽく回ってるだけだ」。——あの夏、
私のAIに投げた言葉と、一字一句同じだっ
た。久我さんは自分の城の設計思想そのもの
を否定されようとしている。引くわけがなかっ
た。
沢井さんが援護しなかったのは意外だった。
少し前に、久我さんが新しいモデルが出た
からと、沢井さんたちの数週間の実装を平然
と捨てさせたことがあった。あのときから、
沢井さんの崇拝には細いひびが入っていた。
「……でも」と、沢井さんは口ごもった。
「ユーザーのために作るって神崎さんの言っ
てたの、あれ、ちょっとわかる気も……」。
小さな声だった。久我さんがじろりと見ると、
すぐ引っ込めた。それでも、口に出した。
決め手はいちばん静かな人から来た。
茅野さんが手を挙げた。会議で茅野さんが
自分から発言するのを、私は初めて見た。