CoBANTO3-AI

第21章 教えるって、難しい

2026年08月05日 一般公開

21章 教えるって、難しい

 入社してまる一年。窓の外の外濠公園はも

う葉桜になっていた。

 僕は桜井拓也。去年の春、新卒でこの会社

に入った。株式会社東京ネット工務店。名前

は工務店だけど、家は建てない。建てるのは

お客さんのウェブサイトや仕事の仕組みだ。

代表の海老沢さんがAIを誰より早く仕事の

真ん中に据えた——いわゆるAIネイティブ

のIT企業だった。社員はぜんぶで七人しか

いない。

 正直、入った頃の僕はひどかった。尖って

いて、投げやりで、配られた分厚い冊子を

「綺麗事だ」と決めつけて、海老沢さんに食っ

てかかったりもした。就活でさんざん「協調

性がない」と言われ続けて、すっかりひねく

れていた。そんな僕がどうしてまだここにい

るのか——その一年の話は長くなるから、お

いおい。とにかく僕はいろいろあって、この

会社に残った。

 一年でいちばん変わったのは、会社が忙し

くなったことだ。去年の秋、僕がある旅館の

サイトを一軒丁寧に作った。それを女将さん

が気に入って、知り合いの宿に次々と紹介し

てくれた。気づけば、問い合わせが月に何件

も来るようになって——四月に海老沢さんが

新しく三人を採ったのも、もう二人や三人じゃ

回らなくなってきたからだった。

 その三人。

 田中くんは二十二歳。専門学校を出たばか

りで、チームでいちばん年下で、いちばん声

が大きい。「俺、爆速っすよ」が口癖で、実

際手は速い。明るい茶髪に、白い歯。詰まる

と天井を見上げて「あー……」と言う。

 佐藤くんは二十三歳。無口で、めったに笑

わない。コーヒーはブラック。大学の頃から

サーバーやインフラをずっと触ってきたらし

くて、その手のことにはめっぽう強い。何か

を頼むと一拍おいてから、「……一応やりま

す」と言う。

 そして鈴木ハルカさん。二十四歳で、三人

の中ではいちばん年上だ。前は大きな制作会

社でデザイナーをしていたという。

「鈴木さんって、なんかかたくないですか」

入社した日、彼女は笑ってそう言った。「ハ

ルカでいいです」

 それ以来、みんな彼女を「ハルカさん」と

呼んでいる。

 ——三人とも、僕より年下だった。

 去年まで、この会社でいちばん下っ端だっ

たのは僕だ。それがたった一年で、教える側

に回っていた。

 僕の正面に田中くんが座っている。隣にハ

ルカさん。斜め向かいに佐藤くん。

 ——僕が教える側。

 何度自分に言い聞かせても、まだしっくり

こなかった。

 七人といっても、ひと塊じゃない。小さい

会社なりにゆるく二つの流れがあった。創業

期からの古いお客さんは、白石さんと黒田さ

んが二人だけの別動隊みたいにずっと回して

いる。新しく増えた案件と、四月に入った三

人は、海老沢さんと僕たち若いののほう。—

—気づけば、そういう二段の構えになってい

た。

「桜井さん、この案件俺っすか」

 田中くんが画面をこちらに向けた。女将さ

んの紹介で来た地方の旅館チェーン。系列の

三軒をまとめて、サイトから予約システムま

で作り直す。会社としてはわりと大きな仕事

だった。

「うん。三軒一気にやる。まずはこの一軒を

田中くんと一緒に立ち上げて、型を作る。そ

の型で残り二軒に展開する」

 海老沢さんが田中くんに振った仕事を僕が

隣で見る。そういう座組だった。

「うん。一緒にやろう」

 僕は椅子を引いて、田中くんの隣に行った。

一年前、白石さんが僕にそうしてくれたみた

いに。

「まずここの構成ね。ファーストビューに宿

の写真、その下に予約導線、で、こういう順

番で——」

 僕は喋った。たくさん喋った。

 どこにどのコンポーネントを置くか。状態

をどう持つか。気をつけるポイント。一年で

自分が体に入れたことを順番に全部渡した。

田中くんは「はい」「なるほど」「了解っす」

と気持ちのいい返事をして、手も早かった。

僕が言ったそばから画面に形になっていく。

 午後にはもうそれらしいものが動いていた。

「いや、桜井さんの説明分かりやすいっす。

余裕っすね」

 田中くんが白い歯を見せた。

 僕はちょっといい気分だった。教えるって、

こういうことかと思った。

 ——その横でハルカさんがこっちを見てい

た。

 何か言いたそうにペンの尻を唇に当ててい

る。

「……どうかしました?」

「うーん」

 ハルカさんは笑顔のまま、少しだけ首を傾

げた。それからまっすぐに言った。

「桜井さん。これ、田中くん分かってないと

思います」

 田中くんの「了解っす」が止まった。

「いや、分かってるっすよ。動いてるし」

「動いてるのは桜井さんが全部言ったからだ

よ」

 ハルカさんは嫌味なく、でもはっきりそう

言った。「田中くん、なんでファーストビュー

に写真置くの?」

「……えっと、桜井さんがそう言ったから」

 オフィスがしんとした。僕のいい気分がすっ

と引いた。

 斜め向かいで佐藤くんが画面から目を上げ

た。何も言わない。でも、その目はたぶん最

初からこれを見ていた。

「……あ」

 声が出たのは僕だった。

 一年前、半日も詰まったコードを白石さん

に見せた日のことを思い出した。あの時白石

さんは答えを言わなかった。「桜井くんは、

どう思う?」と聞き返してきた。腹が立つく

らい、聞き返してきた。

 僕は今日、その逆をやっていた。聞きもせ

ず、全部渡していた。早く、きれいに片付く

から。

 ——渡したものは田中くんの中に何も残っ

ていなかった。

「……ごめん」

 僕は言った。田中くんに、というより自分

に。

「今日のは忘れて。明日もう一回やろう。僕

が言う前に、田中くんが考えて」

「えっ、せっかく動いてるのに?」

「うん。動いてるけど、田中くんのじゃない」

 田中くんはきょとんとしていた。ハルカさ

んは満足そうにまたペンの尻を唇に当てた。

佐藤くんはもう画面に戻っていた。

---

 その夜、歓迎会の二次会だった。

 一次会で海老沢さんと黒田さんは「若いの

だけで行ってこい」と、さっさと荒木町の方

に消えていった。残ったのは僕と三人。白石

さんは下戸なので、ウーロン茶で付き合って

くれている。

 居酒屋の狭いテーブル。話が一段落したと

ころで、田中くんが当然のようにスマホを出

した。

「桜井さん、サマラブやってます?」

「……ああ、一応」

『サマライブ』。この一年で街じゅうがやっ

ている。滅びたあとの世界で、シマを取り合っ

て、取ったシマを育てるあのゲームだ。電車

でも、信号待ちでも、みんなモヒカン頭の小

さなモヒカモンを育てている。ああいう子分

たちをまとめてサマライと呼ぶらしい。なん

でそう呼ぶのかは誰も知らない。

「田中くん、どんな感じ?」

「俺シマ百個っす。取りまくってるんで」

 田中くんがマップを見せてきた。なるほど、

確かに広い。でも——

「これ、どれも育ってないね」

「いや、取るのが楽しいんで。育てんのはま

あ、おいおい」

 ハルカさんが横から覗き込んだ。

「私シマ三つしかない。でもこのクミイン見

て。かわいくない?」

 ハルカさんのスマホには拾いもののガラク

タでめいっぱい着飾った変な顔のクミインが

並んでいた。強さより、見た目で集めている

らしい。

「ハルカさん、それめちゃくちゃ弱いやつっ

すよ」

「いいの。好きなんだから」

 笑いが起きた。

 その時、ずっと黙っていた佐藤くんがぼそっ

と言った。

「……佐藤です。シマ六つ」

「えっ、佐藤くん少なっ」と田中くん。

「全部最大まで育ててます」

 田中くんが佐藤くんのマップを覗いて、固

まった。六つのシマがどれもぎっしりと作り

込まれていた。クミインがワカガシラまでき

れいに進化して、隅々まで手が入っていた。

「……うわ、なにこれガチ勢じゃないっすか」

「いちばん古いやつは去年の春に地元の駅の

裏で拾いました」

 佐藤くんはそれだけ言って、またビールを

飲んだ。むっつりした顔のまま、でも、ほん

の少し満足そうに見えた。

 僕はその三つのマップを順番に見ていた。

 田中くんの取りっぱなしの百個。ハルカさ

んのかわいい三つ。佐藤くんの育てきった六

つ。

 ——同じゲームなのに、こんなに違う。

 なんだかおかしかった。やり方にその人が

そのまま出ている。

「桜井さんのは?」と、ハルカさん。

「僕?」

 僕は自分のマップを開いた。シマは十二。

多くも少なくもない。でも一つひとつに僕は

世界観を作っていた。このシマは温泉街、こっ

ちは港町。そんな設定を決めていた。

「……出ますね、桜井さんも」とハルカさん

が笑った。

「出るね」と僕も笑った。

 ふと思った。ここにもう一人いたら、どん

なマップを見せただろう。

 ——「効率的に勝てる構成しか組みません」

とか言って、つまらないくらい強いマップを。

 僕はその考えをビールで流し込んだ。

 連絡先一つまともに交換しなかった人のこ

とを、なんでこんな時に思い出すんだろう。

---

 帰り道、白石さんと駅まで一緒になった。

「桜井くん、今日の昼よかったね」

「……え、あれ失敗ですよ。田中くんに全部

渡しちゃって」

「うん。でも、気づいてやり直したろ」

 白石さんはウーロン茶しか飲んでいないの

に、機嫌が良かった。

「あのさ。教えるのって答えを渡すことじゃ

ないんだよ」

「……はい」

「答えを渡すと早い。きれいに片付く。気持

ちもいい。──でも、相手の中には何も残ら

ない」

 それは一年前、僕がこの人にされたことだっ

た。腹が立つくらい、聞き返されたあのやり

方。

「じゃあ、どうすれば」

「それをこれから一年かけて悩むんだよ。桜

井くんが」

 白石さんは楽しそうだった。改札の向こう

に消える背中を見ながら、僕はため息をつい

た。

 教えるって、難しい。たぶん、コードより

ずっと。

21章 終わり

3886文字 ・ 約7分

ほかの読みもの

新しい号から読む

第1号から読む

このチャンネルのポリシー

著作権
チャンネル掲載の記事・小説等の著作権は海老澤敦に帰属します。当該コンテンツの掲載および当サイトの運営・管理は株式会社東京ネット工務店が行っています。その他、当サイトのコンテンツおよびロゴ・商標等の権利は同社に帰属します。
引用
当サイトのコンテンツは、通常の「引用(出典を明記した上で、一部を転載すること)」であれば、事前の連絡なく行っていただいて構いません。ただし、当サイトの文章や画像をAIのトレーニングデータ(生成AIの学習、機械学習、データ解析等)として取り込むこと、およびスクレイピングによる自動収集は固くお断りいたします。 Prohibition of AI Training and Data MiningWhile text quotation under copyright law is permitted with proper credit, the use of any content on this website for AI training, machine learning, text/data mining, or web scraping is strictly prohibited.
リンク
リンクは自由です。事前のご連絡は不要です。