第22章 装飾じゃない
六月。会社はさらに忙しくなっていた。
旅館チェーンの三軒が動き出すと、それを
聞きつけたように女将さんのネットワークか
らまた紹介が来た。今度は料理旅館と、小さ
な温泉宿。「あそこに頼んだら、うちらしく
してくれた」——その口コミが案件を連れて
くる。
一年前に海老沢さんが言っていた「累積戦
略」が今、目の前で回っていた。一件を丁寧
にやる。それが次の一件を勝手に呼ぶ。気づ
けば、七人で五件を同時に回していた。
そのいちばん大きい旅館チェーンのデザイ
ン工程。そこはハルカさんの出番だった。
「任せてください。こういうの得意なので」
ハルカさんはそう言って、二日できれいな
デザインを上げてきた。
本当にきれいだった。整った余白、上品な
配色、流行りのレイアウト。どこを取っても
文句のつけようがない。田中くんが「うわ、
プロっすね」と感心していた。
でも。
海老沢さんがそれをしばらく眺めてぽつり
と言った。
「ハルカさん。これどこの宿のサイトでも使
えるね」
「……え?」
「きれいだ。よくできてる。でも、この宿じゃ
なくてもいいだろ。隣の宿でも使える」
ハルカさんの笑顔が固まった。
「……すみません。直します。どこを直せば」
早口だった。すっと姿勢が低くなった。怒
られたと思った時の顔。僕はその反応に見覚
えがあった。一年前の自分にじゃない。もっ
と染みついた何か。
後で聞いた。ハルカさんの前の会社は大手
の制作会社だったらしい。代理店の営業に言
われた通りのものをひたすら量産する。「自
分の意見」なんて出す場所がなかったし、出
せば煙たがられた。
だから彼女は速い。言われた通りに作るの
が誰よりも速い。
——それは強さに見えて傷だった。
「どこを直すかじゃないと思う」
気づいたら、僕が言っていた。海老沢さん
がちらりとこちらを見た。
「ハルカさん。この宿に行ったことある?」
「……ないです。写真と資料は見ました」
僕は一年前のことを思い出していた。秋の
あの旅館。女将さんに「うちじゃないみたい」
と言われて、僕は自分の解釈で盛りすぎたデ
ザインを全部捨てた。そして海老沢さんに言
われたんだ。お客さんとして泊まってこい、
と。体験してないものは作れない、と。
「行ってみない? 泊まりに。経費出るよね、
海老沢さん」
「……まあ出すよ」海老沢さんが笑った。
ハルカさんは戸惑っていた。「でも、デザ
インなら資料で——」
「資料じゃ分かんないことがあるんだ。たぶ
ん」
僕はうまく説明できなかった。一年前に体
で覚えたことを言葉にするのは難しかった。
でも、答えを渡しちゃいけないということだ
けは分かっていた。だから行ってこい、とし
か言えなかった。
ハルカさんは週末、一人でその宿に泊まり
に行った。
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月曜日。
ハルカさんは別人みたいな顔で出社してき
た。
「桜井さん。……分かったかもしれない」