第32章 全部、逆だった
沼の中は想像していたよりひどかった。
蓋を開けて最初に出てきたのはWordP
ressだった。
——なんでこれをWordPressで。
それが僕の最初のぼやきだった。Word
Pressが悪いわけじゃない。ブログや小
さなサイトならいい道具だ。でも、これは二
十年、三十万人のお客さんを抱えた本気のE
C通販だ。毎日お金が動いて注文が走る。—
—その重さをブログ用の仕組みに無理やり背
負わせていた。
エンジニアに強くない、広告まわりが主体
の制作会社がよくやるやつだ。自分たちがい
つも使う慣れた道具。それで何でも作ろうと
する。サイトも、ECも、ぜんぶWordP
ressで。合わない仕事まで押し込む。そ
して、合わないところを埋めるために——プ
ラグインが入る。
数えたら五十個以上あった。
何のために入っているのか分からないもの
が半分。作った会社しか知らない。いや、作っ
た会社もたぶん忘れている。AIに『これ入
れて』と言われるまま、足していったんだろ
う。なぜか似たようなものが二つ入っている。
もう何年も更新が止まって、開発者が消えた
やつもある。——その止まったプラグインが
よりによって、注文のいちばん大事なところ
を握っていた。
プラグインとプラグインが互いの足を踏ん
でいた。一つを新しくすると、別の一つが動
かなくなる。動かないから古いまま置いてお
く。古いから穴が空いている。
「……悪魔合体っすね、これ」と田中くんが
つぶやいた。うまい言い方だと思った。
そして、その悪魔合体の上にAIがその場
しのぎのつぎはぎを半年分、重ねていた。
読みながら僕はだんだん奇妙な感覚になっ
ていった。これ、見覚えがある。——いや、
逆だ。見覚えがあるのはこいつのちょうど反
対側だ。
うちが三年かけて大事にしてきたこと。そ
れがここにはひとつもなかった。一つずつき
れいに裏返っていた。
ひとつ。世界観がなかった。
このサイトは海産物のお取り寄せだ。社長
さんが二十年、北陸の海と付き合ってきた店
だ。なのに画面のどこにもその匂いがしない。
AIが作った「一般的なECサイト」がそこ
にあるだけだった。寒ブリの店でも、カニの
店でも、なんなら靴の店でも使える。——去
年ハルカさんが海老沢さんに言われたあの言
葉そのものだった。「どこの店でも、使える
ね」。
ふたつ。記録がなかった。