第36章 本当のリーダーシップ
あの夜から数日して、佐藤くんが僕のとこ
ろに来た。
「壁を作ります」
「壁?」
「ログがたまたま救ってくれました。でも、
たまたまに頼っちゃいけない。次はログでも
拾えない消し方をするかもしれない。——だ
から、そもそも確認を飛ばせない仕組みにし
ます」
佐藤くんが作ったのは、意志に頼らない壁
だった。
リリースのボタンを押す。すると、その前
に機械が勝手に空打ちを走らせ、結果を確か
める。一つでもおかしなところがあれば——
ボタンは押せない。赤い字で止められる。ど
んなに急いでいても、どんなに疲れていても。
あの夜の僕や佐藤くんでも。
「人は疲れたらサボります」佐藤くんは朝礼
でぼそぼそと説明した。「僕が証明しました。
桜井さんも。——だから、サボれないように
しました。意志の力じゃなくて。仕組みで」
田中くんが「フロントも同じやつ入れたっ
す」と続けた。
誰ももう、あの夜のことを蒸し返さなかっ
た。代わりに、その失敗から生まれた壁がこ
れからずっと僕たちを守る。痛みがちゃんと
形に変わっていた。
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おもしろいことに、その壁はすぐに売り物
になった。
新しく紹介で来る、古い船を抱えた会社。
そこにも同じ恐怖があった。「移行の途中で
データが飛ぶんじゃないか」。当然の不安だっ
た。
僕たちはもう、その答えを持っていた。
「うちはAIに移行をやらせます。速いので。
——でも、AIが書いたものは本番に流す前
に必ず機械が空打ちで確かめます。人が確か
め忘れても止まる仕組みです。だから、AI
の速さはもらって、AIの事故はもらわない」
佐藤くんがあの夜、三十万件を本当に消し
て、一晩かけて拾い直して手に入れたその答
え。それが今、お客さんのいちばんの不安を
溶かす言葉になっていた。