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第3章 留まらない人

2026年08月05日

第3章 留まらない人

 季節の着替えの最初の一件は、街はずれの

小さな旅館だった。

 秋の色に変えてみたのを、私は桜井さんに

見てもらっていた。トップの写真の上に、少

しだけ落ち着いた柿色の帯を重ねて、宿の名

前の字をほんの気持ち、大きくした。それだ

けの小さな変更だ。派手なことは何もしてい

ない。

 桜井さんはマグカップを片手に、しばらく

画面を見ていた。それから意外なことを訊い

た。

「これなんでこの色にしたんですか」

 私は少しだけ面食らった。前の会社では、

誰もそんなことを訊かなかったからだ。うま

くできたね、か、ここ直して、のどちらかで、

話はいつも終わった。なぜその色なのか、そ

の色で何を伝えたかったのか、誰も興味を持

たなかった。

「……この旅館、たぶんいちばんお客さんが

来るの、秋なんです」私は答えた。「紅葉が

近いから。だから、夏の涼しげな青のままだ

と、なんかもったいなくて。柿色にすると、

あ、そろそろ行こうかなって思ってもらえる

気がして」

「なるほど」桜井さんは頷いた。それからも

う一度画面を見て、「うん。ちゃんとその旅

館のいちばんいい時間のこと考えてる感じが

する」と言った。

 なんでもない一言だった。けれど、私の中

でその一言は思ったより長く、残った。

 考えてる感じがする。——そう、言ってく

れた。うまい、でも、きれい、でもなく、私

が何を考えてこの色を選んだのか、その考え

たこと自体を、この人は見ていた。私の手が

動く前の、頭の中のいちばん言葉になりにく

いところを、ちゃんと仕事だと思って、扱っ

てくれた。

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