第5章 言えること、言えないこと
その日、私はめずらしく自分から誘った。
「リナさん、このあとごはん行きません?
二人で」
リナさんは少しきょとんとして、「二人で?」
と確かめるように訊き返した。私がいつも
「みんなで行きましょう」しか言わないのを、
たぶん覚えていたのだと思う。「はい、二人
で」と私は笑った。リナさんは少し考えてか
ら、「……いいですよ」と言った。その"い
いですよ"が思ったより素直だったので、私
は少しうれしかった。
駅の反対側の、小さな定食屋の隅の席に座っ
た。二人になると、リナさんは会社で見るよ
りいくらか幼く見えた。理屈で武装したあの
切れ味が、少しだけ下ろされている。深く読
まなくていい相手だと、私のことを思ってい
るからかもしれない。——だったら、ちょう
どいい。私も久しぶりに、鎧を少し脱げる。
深く読まれない相手の前でだけ、私は素にな
れるのだ。おかしなものだと思う。私たちは
お互いを読み違えたまま、そのおかげで、少
しだけ楽に向き合えている。
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ビールが一杯入ったころ、私は訊いてみた。
「リナさんって、桜井さんのことどう思って
るんですか」
リナさんの箸が、一瞬止まった。それから、
なんでもないふうにまた動きだす。
「どうって」
「や、なんか。二人で仕事してるとき、息合っ
てるなあって」
リナさんは少し間を置いてから言った。
「……あの人は私の一年目の先輩で。いまは
同じ速さで隣を歩いてくれる数少ない人です。
急ぐでも、待つでもなく」それだけ言って、
ビールを飲んだ。「それ以上でも、それ以下
でもないと思います」