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第5章 言えること、言えないこと

2026年08月05日

第5章 言えること、言えないこと

 その日、私はめずらしく自分から誘った。

「リナさん、このあとごはん行きません? 

二人で」

 リナさんは少しきょとんとして、「二人で?」

と確かめるように訊き返した。私がいつも

「みんなで行きましょう」しか言わないのを、

たぶん覚えていたのだと思う。「はい、二人

で」と私は笑った。リナさんは少し考えてか

ら、「……いいですよ」と言った。その"い

いですよ"が思ったより素直だったので、私

は少しうれしかった。

 駅の反対側の、小さな定食屋の隅の席に座っ

た。二人になると、リナさんは会社で見るよ

りいくらか幼く見えた。理屈で武装したあの

切れ味が、少しだけ下ろされている。深く読

まなくていい相手だと、私のことを思ってい

るからかもしれない。——だったら、ちょう

どいい。私も久しぶりに、鎧を少し脱げる。

深く読まれない相手の前でだけ、私は素にな

れるのだ。おかしなものだと思う。私たちは

お互いを読み違えたまま、そのおかげで、少

しだけ楽に向き合えている。

---

 ビールが一杯入ったころ、私は訊いてみた。

「リナさんって、桜井さんのことどう思って

るんですか」

 リナさんの箸が、一瞬止まった。それから、

なんでもないふうにまた動きだす。

「どうって」

「や、なんか。二人で仕事してるとき、息合っ

てるなあって」

 リナさんは少し間を置いてから言った。

「……あの人は私の一年目の先輩で。いまは

同じ速さで隣を歩いてくれる数少ない人です。

急ぐでも、待つでもなく」それだけ言って、

ビールを飲んだ。「それ以上でも、それ以下

でもないと思います」

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