第43章 誰の、名前を
柏木さんは私の資料を三度めくり直した。
情シス部長。この法人の記録も、請求も、
シフトも、二十年ぶんのシステムをたった一
人で内側から見てきた人だ。ベンダーが納め
たものを、現場と国のあいだでつなぎとめて
きた。髪をきっちり分けた慎重そうな横顔が、
私の設計書の上をゆっくり往復している。ペー
ジをめくる乾いた音。それだけが、応接室に
鳴っていた。
私の設計は、我ながらきれいだった。標準
形式でデータを受け渡すから、基幹には指一
本触らない。AI社員が引き取るのは、家族
対応と、職員の相談。導入の負荷も、最小。
抜けたければ、いつでも抜ける。どこにも穴
はなかった。三日で解いた。文句のつけよう
がない。——そう、思っていた。
「……よくできてますね」
柏木さんはそう言った。でも、顔は少しも
頷いていなかった。褒め言葉の形をした、別
の何かだった。
「何かご懸念が」と私は聞いた。
「いや。よくできてる。ほんとによくできて
る」
もう一度、ページを戻した。それから、指
を止めてしばらく黙った。慎重な人が言葉を
選んでいる時間だった。私は待った。待つの
は得意じゃない。頭のほうは、もう次の説明
を三つぶん用意して、並べていた。堅牢さ。
疎結合。事故の範囲。どれを出しても、勝て
る。そう、思っていた。
「これ」と柏木さんは資料の表紙を指で軽く
叩いた。「これがある日、動かなくなったと
き——私は誰の名前を出せばいいんですか」
一瞬、質問の意味が分からなかった。