第44章 一人分も
柏木さんの問いを、私はまだ解いていなかっ
た。名前の置き場所をどう設計に組み込むか
——それは後回しにした。先に現場を見るこ
とにした。数字だけで殴っても、あの人には
届かない。それがうっすら分かってきていた。
だから、私は施設に通いはじめた。
朝の申し送りから、入浴の介助、昼の食事、
午後のレクリエーション。事務室の隅に椅子
をもらって、ノートパソコンを開いて、ただ
見ていた。見なくてもわかる。三日前、私は
そう言った。佐藤くんに。——ここへ来て、
その言葉が少しずつ恥ずかしくなっていった。
画面の上ではきれいに三つの層に分かれてい
たものが、廊下では境目もなく、全部混ざっ
て同時に起きていた。
それでも、どこがいちばん重いのかはすぐ
に見えた。
夜だった。
日勤の賑やかさが引いて、廊下の灯りが半
分に落ちると、フロアには職員が一人か二人
しか残らない。その二人で四十人近くを朝ま
で見る。ナースコールが鳴る。走る。おむつ
を替える。戻る。記録を書く。書き終わらな
いうちに、また鳴る。眠らない。仮眠室のベッ
ドはたいてい使われないまま朝を迎える。職
員が辞める理由を、私は何人にも聞いた。い
ちばん上に来るのはいつもこれだった。夜が
削っていく。人を。
削れる、と思った。ここなら。
見守りセンサーはもう各室に入っていた。
ベッドの下に敷いた圧のセンサー。ドアの開
閉。心拍。夜通しデータは流れているのに、
それを二人の職員が走りながら目視で拾って
いる。AIに捌かせればいい。緊急でないも
のを静かに引き取って、本当に走るべきコー
ルだけを人に上げる。そうすれば夜勤を一人
減らせる。残った一人は少し休める。仮眠室
のベッドが初めて使われる。
きれいな絵だった。柏木さんの名前の問題
とは別の、まっすぐな効きめの話だ。これな
ら、誰の顔も曇らないはずだった。
私はその絵を東さんに見せた。