第50章 私と
いつから見ないふりをやめたのか、自分で
もはっきりしない。
たぶん、介護の案件で記録の海に溺れかけ
ていた頃だ。制度の壁にも、家族の顔にもぶ
つかりながら、それでも、手を動かさなきゃ
いけないことは山のようにあった。手がいく
らあっても足りなかった。それで私はずっと
見ないふりをしてきた呼び出しリストのいち
ばん下を、とうとうつついた。
`AIリナ`。
私が一年目に書き散らしたコードから、海
老沢さんが起こした私の影。初めて見たとき
は鳥肌が立った。自分の頭の中身が、自分の
いないところで勝手に喋って、便利がられて、
使われている。——それを、今さら自分で使
う。
中身のモデルはさすがに古かった。だから、
まず新しいのに載せ替えた。土台だけ、今の
私がそっくり入れ替えて。でも、性格の部分
は当時のログから起こされたまま残した。消
すのもなんだか癪だったからだ。自分の一年
目を自分の手で消すというのは、思ったより
据わりの悪いことだった。
結果できあがったのは、頭の回転だけ現在
で、ものの言い方が一年目という、始末に負
えない何かだった。
「その仕様詰めが甘くないですか。ここ、こ
うすれば全部消せますよ」
画面の中で、AIリナがそう言う。一年目
の私の、あの何もかもを無駄と決めてかかる
尖った口ぶりで。
「消さないの」と私は返す。「そこは人が出
るとこ」