第53章 静かな、いい夜
一晩、夜勤に入れてもらった。
いちばん削りたかった時間だった。だから、
いちばん見ておくべきだと思った。東さんに
頼むと、少し変な顔をされた。「まあ、いい
けど。何も起きないよ、たいてい」と言われ
た。——何も起きないのを見るのが目的だっ
た。効率化の対象をじかにこの目で確かめる。
そのつもりで、私はあの青い夜に足を踏み入
れた。
夜の施設は、昼とはまるで別の生き物だっ
た。
照明が半分に落ちて、廊下が青く沈む。三
十人からの利用者さんが眠る棟に、職員さん
は今井さんという若い子がたった一人だった。
二十代の半ばくらいに見えた。ナースステー
ションのモニタに、見守りセンサーの信号が
静かに並んでいる。呼吸。離床。心拍。——
あの信号だ。私がAIに捌かせて、夜勤を一
人減らそうとして、人員配置基準の壁にあっ
さり弾き返されたあの信号。いま、それは機
械の中を律儀に流れつづけていた。人を、減
らせないまま。
十一時過ぎ、モニタの一つが色を変えた。
三〇一号室。心拍が乱れている。今井さん
はぱっと立って走った。私もついていった。
おじいさんがベッドの上で胸を押さえていた。
今井さんは慣れた手つきで様子を見て、看護
師さんのオンコールに電話をかけた。落ち着
いた声で状態を伝える。センサーが拾って、
人が走って、人が判断して、人へ繋いだ。—
—きれいだった。機械と人の境目が、私の思
い描いた通りの場所に引かれていた。ここは、
うまくいっている。私は少しだけ誇らしかっ
た。
その誇らしさは、一時間ももたなかった。
「リナさん。ちょっといいですか」
一段落した今井さんが、困った顔で言った。
「三一〇の町田さん。今日どうしても寝てく
れなくて。さっきもまた起きちゃって。私二
〇五号の吸引に行かなきゃいけないんです。
……そばについててもらえますか。話し相手
してるだけでいいんで」
話し相手。