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第54章 お変わり、ないですよ

2026年08月05日

54章 お変わり、ないですよ

 夜勤の朝から何日か経ったその日の朝。私

は自分の作ったものが完璧に動いているのを

見ていた。

 家族対応の一次受け。AI社員が施設にか

かってくる電話のいちばん最初の一言を引き

取る。「今日の様子は」「お薬ちゃんと飲め

てますか」「変わりないですか」——毎日判

で押したように繰り返される問い合わせ。そ

のほとんどをAIが淀みなく捌いていた。異

変の兆しがあればすぐ職員さんに上げる。た

だの安否確認なら記録を読んで、静かに答え

る。医者みたいな判断はしない。容態のこと

はぜんぶ人へ渡す。——きつく縛った通りに

動いていた。

 数字はどれも目標を超えていた。

 一次解決率、八割強。職員さん一人あたり

の電話対応の時間、月に十九時間の削減。十

九時間。介護士さんがまるまる二日ぶん利用

者さんの隣に戻れる計算だった。夜勤の夜に

見たあの砂を噛むような疲れを二日ぶん、誰

かから取り除ける。そう思うとこの数字だけ

はまだ信じられる気がした。夜勤の底の割り

切れなさの中で、ここだけがきれいに割り切

れていた。

 無駄が一つずつ消えていく。これが私にで

きる最適解だった。

 昼過ぎに佐野さんが運ばれた。

 誤嚥性肺炎。八十五歳。認知症。入所して

二年になる痩せた、小柄なおばあさんだった。

救急車を待つあいだ。主任の水島さんが廊下

で娘さんに電話をかけていた。人がかけてい

た。——それはAIが正しく職員さんに上げ

た案件だった。異変。だから人へ。設計図の

通りだった。何一つ間違っていなかった。

 娘さんが施設に着いたのは夕方だった。

 私は事務室のガラス越しにそれを見ていた。

娘さんは五十代くらいの疲れた顔の人だった。

仕事の途中で飛んできたという格好だった。

水島さんに何度も頭を下げられて。それから、

ぽつりと言った。

「私毎日電話してたんです」

 水島さんは黙っていた。

「毎日かけて。『お変わりないですよ』って

言ってもらって。それで安心して。……仕事

があるから。なかなか来られなくて。でも電

話だけは欠かさずにって。それだけはちゃん

とやってるつもりで」

 そこで娘さんの声が止まった。

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