第56章 わざとです
やり直しは足し算じゃなかった。引き算だっ
た。
私が最初に作ったものは家族からの電話を
AIが「受ける」設計だった。今度のは正反
対だ。AIは電話を「受けない」。そこだけ
は人が出る。かかってきた電話のあの最初の
一言を。もう機械には渡さない。
代わりに、AIには裏で走ってもらうこと
にした。
朝、その日の記録を全部読む。誰が、何を、
どれだけ食べたか。よく眠れたか。昨日と何
が違うか。膨大で、地味で、誰も最後までは
読み切れない量のメモの海。それをAIが利
用者さんごとに三行に畳む。——電話が鳴っ
たとき、出た職員さんの手元にその三行がも
う出ている。だから、職員さんは記録の海を
探さなくていい。受話器を持って、顔を上げ
たまま電話に出られる。
「お変わりないですよ」のその一言だけは人
が言う。
数字は下がった。
前の設計なら、家族対応の八割をAIがそ
のまま捌けた。今度のは四割ちょっと。残り
は全部人が出る。月十九時間の削減は七時間
になった。——柏木さんにその数字を出すと
き、私は少し緊張した。効率が半分以下になっ
た資料を自分から持っていくのは生まれて初
めてだった。
「……前より悪くなってますね」柏木さんは
正直にそう言った。数字を指でたどりながら。
「はい」と私は言った。「わざとです」
柏木さんが顔を上げた。