第57章 動かない一本
その夜も、私はAIリナをこき使っていた。
明日の段取りを投げる。介護の家族向けア
プリの通知文の直し。何案か出させて、いい
ものだけ拾う。影はいつもの尖った口ぶりで
淀みなく返してくる。速い。私の思考と同じ
速さで。当たり前だ、私なんだから。——便
利は便利だった。ただ、何を投げても、根っ
このところで引っかからない。「いいと思い
ます」「最適です」。なめらかで、気持ちが
悪い。
海老沢さんが湯呑みを片手に、私の画面を
後ろから覗いた。
「便利そうに使ってるな」
「便利ですよ」と私は言った。「性格は最悪
ですけど」
海老沢さんが笑った。——聞くなら、今だ
という気がした。初めてこの影を見たとき鳥
肌が立ったあの日から、ずっと喉に引っかかっ
ていたことだった。
「なんでこんな性格にしたんですか」
もっと無難な喋り方もあっただろうに。わ
ざわざいちばん尖ったところを煮詰めたみた
いな。
「ああ、それか」海老沢さんは湯呑みの中を
覗いた。それから、いつものんびりした声で、
でも中身はやけにそっけなく言った。「議論
させるのに性格がないと話にならないんだよ」
「議論」
「AI同士でな。一つの問いに何体かぶつけ
る。答えを一発で決めさせない。……そのと
きみんなが同じ方向を向いてたら議論になら
んだろ。うん、うん、で終わる。だから、わ
ざと方向を散らしてある。こいつはこっち、
あいつはあっち、ってな。演出と揺らぎだよ。
それがないとただの多数決だ」
私は黙って聞いていた。