第58章 継ぎ目
その週、法人から別の相談が一つ舞い込ん
だ。介護のAI社員とは別の話だった。
生産性向上推進体制加算。それとICTの
導入補助金。——国が見守り機器やインカム
を施設に入れさせるために用意した金の口だ。
夜勤の配置を〇・四人ぶん緩めるあの緩和。
東さんが湯呑みを両手で包んで話してくれた
あれだ。実際に取るには書類が要る。機器の
稼働ログ。残業の増減。ヒヤリハットの件数。
離職の数字。——効果を数字で測って決まっ
た様式に並べて出す。要件は年々細かく、複
雑になっていた。
データがないわけじゃなかった。出せない
わけでもなかった。勤怠のソフト、記録のソ
フト、見守り機器の管理画面。戸田さんのと
ころに頼めば、それぞれの箱から数字を吐き
出すことはできる。渋りもしないだろう。…
…でも、それをあちこちから集めて突き合わ
せて、複雑な様式の升目に期限までに落とし
込む。そのこまごました手を誰もすぐには動
かせなかった。戸田さんの会社は来年の改定
の確認で手一杯だ。大きい船は小回りが利か
ない。柏木さんは散らばった数字と締め切り
の前で、一人詰まっていた。出せないんじゃ
ない。集めて揃える手と、その速さが足りな
いのだ。
「これうちの本業ですよ」
桜井さんが笑った。あちこちの箱から標準
の形で吸い出して突き合わせて、様式に流し
込む。それだけの話だった。私たちがいちば
ん得意なやつだ。速いだけのWeb系。——
戸田さんにそう値踏みされたその"速いだけ
"が。ここではまっすぐ効いた。半日で詰ま
りをほどくと、柏木さんが詰めていた息をふっ
と吐いた。申請は通る。——これは勝った。
この案件の中でめずらしくまっすぐに勝った
仕事だった。誰の顔も曇らなかった。本業だ
から勝っていいと思った。
その夜、オフィスに残っていたのは、また
私と海老沢さんだった。
「通りそうか。補助金」