第62章 また、来るために
佐野さんはひと月ほどして、施設に戻って
きた。
誤嚥性肺炎は抜けた。でも、戻ってきた佐
野さんは前よりひと回り小さくなっていた。
眠っている時間がずっと長くなった。認知症
もあの入院で一段深くなったらしい。「ああ
いうのね。一回入院すると。がくっと来ちゃ
うんだよね」と水島さんが言っていた。淡々
と。そういうものを何百回も見てきた人の声
で。
終わりはたぶんそう遠くない。誰も口には
しなかったけれど、この建物のみんながそれ
を知っていた。私も知っていた。
私はまだその法人に通っていた。設計はや
り直したけれど、現場は続く。私の仕事はま
だ終わっていなかった。
——娘さんをまた見た。
事務室のガラス越しだった。あの日と同じ
場所から。でも、あの日と違ったのは娘さん
がそこにいるということだった。平日の昼間
に。
「あの人最近よく来るんだよ」水島さんが私
の視線を追って言った。「お母さんが退院し
てからずっと。週に二回も三回も。……仕事
あるだろうにね」
娘さんは佐野さんの車椅子の横に座ってい
た。ゼリーをスプーンで少しずつ口に運んで
いた。時間のかかる作業だった。ひと口ごと
に待って、飲み込むのを確かめて、また、ひ
と口。佐野さんは半分眠りながらそれを食べ
ていた。