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第64章 私の、シマ

2026年08月05日

64章 私の、シマ

「介護の件片付いたし。行くか、どっか」

 海老沢さんがある日、唐突にそう言った。

慰労というやつらしかった。八人で、一泊。

行き先は田中くんが五秒で決めた。

「サマラブのレアが出る温泉あるんすよ。飲

み屋街に強いのが湧くんす」

 何を言っているのか、私には半分も分から

なかった。その意味を思い知ったのは、電車

の中でだった。

 私のまわりでみんながスマホを握っていた。

同じゲームだ。街の地図みたいな画面——よ

く見ると、いま電車が走っているのと同じ道

だった。ただし、滅びたあとの姿で。ひび割

れた道路と、崩れかけたビルのあいだを、変

な——チンピラをかわいくしたようなクリー

チャーがうろうろしている。モヒカン頭のい

ちばん弱そうなやつ。誰かが「あ、ここ湧く」

と言うたびに、みんなが窓の外を確認して、

駅に着くたびに一斉に画面をタップする。やっ

ていないのは私くらいのものだった。

 サマライブ。名前だけは知っていた。国民

的とかいうやつだ。街じゅうが縄張りを取り

合って、チンピラを育てている。私がAIの

会社で資金を溶かしたり、潰れかけの店で皿

を洗ったりしていたあいだに、いつのまにか

世界はこれをやり始めていた。——そして、

私のいないあいだにこの会社も。

「リナさん、やってないんすか!?」田中く

んが心底驚いた顔をした。「まじすか。人生

損してますよ」

「興味なかったから」

「田中の見せてやりなよ」桜井さんが笑った。

「こいつのひどいから」

 田中くんの画面には縄張りが何十個も並ん

でいた。全部取りっぱなしだ。どのシマにも

いちばん弱いモヒカン頭が一匹だけ、ぽつん

と置いてある。城でもなんでもない、旗を立

てただけの空き地だった。

「田中くん、これ育ててないでしょ」

「いいんすよ、数っすよ、数」

「効率悪くない?」私はつい言ってしまった。

「このシマ収益頭打ちでしょ。シノギが一個

ずつしか建ってない。取る労力に対してリター

ンが——」

「出た。リナさんの正論」

 みんなが笑った。私は少し、恥ずかしくなっ

て黙った。

 でも、頭のほうはもう勝手に回りはじめて

いた。取得コスト、育成リターン、シマの防

衛。要は資源配分の問題だ。子分の進化曲線

と、シノギの建設順と、どこを捨ててどこを

固めるか。最適解がある。手が伸びるより先

に、そこまで見えてしまった。——たぶん、

私なら。

「あ」と桜井さんが横で小さく笑った。「始

まったな」

 私がこっそりアプリを入れはじめたのを見

ていたらしかった。

---

 宿は古い、いい感じの温泉宿だった。

 飯を食って、風呂に入って、それから誰か

の部屋に集まった。夜の九時から、サマライ

ブのギルド対抗戦があるという。TNKも一

応ギルドを組んでいるらしかった。名前は

「東京ネット組」。ダサいと思ったけれど、

言わなかった。

 戦いが始まると、部屋の空気が変わった。

縄張りの奪い合いだ。田中くんが片っ端から

取って、片っ端から取り返されている。「放

置のシマは守りが薄いんだよ」と佐藤くんが

ぼそっと言った。この人の画面は田中くんと

は正反対だった。シマは六つしかない。でも、

そのどれもに若頭やらオヤブンやらがみっち

り配置されて、城みたいになっていた。育成

型の隠れ廃人だ。要らない言葉を一つも使わ

ないこの人が、こんなに手をかけるものを持っ

ていたことが少しだけ意外だった。

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