第66章 田辺さん
電話はすぐに繋がった。
「はい、田辺です」
「……ご無沙汰しています。東京ネット工務
店の桜井です」
一拍、間があった。その沈黙でだいたい分
かった。この人は去年のことを忘れていない。
忘れて、のうのうと電話に出られる人だった
ら、そもそも僕はこんなに身構えていない。
「……桜井さん」田辺さんの声が少し掠れた。
「お久しぶりです」
会って話しましょうということになった。
先方からうちに来ると言う。あの頃、僕らが
向こうのビルに日参していたのがそっくり逆
になっていた。
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田辺さんは老けていた。
一年半で人はこんなに老けるのかと思った。
前に会ったのはあの失注の日だ。会議室の隅
で、目を伏せて、それからエレベーターまで
見送りに来て、「俺は御社のままがよかった」
と小さく言った人。あの時からこの人はずっ
と疲れていたのかもしれない。髪に白いもの
が増えて、頬の肉が落ちていた。
名刺を交換した。肩書きが妙なことになっ
ていた。情報システムから外れている。別の
部署の名前が刷ってあった。なのに、その下
にもう一枚、「全社DX推進」という横断の
肩書きがあとから貼り付けたみたいに載って
いた。
あとで分かった。田辺さんは一度畑違いの
部署へ飛ばされていた。そこに籍を置いたま
ま、この件の火消しのためだけに呼び戻され
て、社長から全部の決裁権を預かっていた。
この件については、田辺さんの上にもう誰も
いない。
——皮肉な話だった。